2001年7月 サブ・クングス レーデン 山歩き記録
地図
写真大判 : ftp://maxus.irf.se/pub/perm/yama/photo/
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7月11日=第4日(雨のち曇り、早朝のみ晴れ) 宿170kr
     起床 6:00   
      8:15 発  Vistas(ビスタス)小屋
(+4km)09:05-09:15 雨具着用
(+1km)09:35 通過  橋
(+1km)09:55 通過  分岐点
(+1km)10:20-10:30 森林限界(標高700m)
(+2km)11:25-11.40 1040m の峠を越えた直後の川べり
(+3km)12:35 着 Kaskasvagge(カスカスバッゲ)小屋 
      15:55 発  Kaskasvagge(カスカスバッゲ)小屋 
(+3km)16:55-17:10 Vardu 山の対面(標高1200m)
(+2km)18:10-18:20 Tarfala(タルファラ)氷河の正面
(+3km)19:30 通過  1510m の峠(本コースの1つ南の峠)
(+1km)19:50-20:05 Stor(ストール)氷河の対面 
(+2km)21:15 通過  1km 手前の道標
(+1km)21:45 着 Tarfala(タルファラ)小屋 
     就眠 23:30


 目を覚ますと 晴れて いる。これは行けると思って朝食等を済ませ、いざ出発する段になると、いつしかどんよりとした雲が漂ってきた。やはり雨は降りそうだ。諦めて長靴をはき荷物を背負う。リュックを背負っているのは我々だけでは無い。小屋番の2人もだ。彼等は1泊2日の日程で、20キロ近く離れた小屋で開かれる小屋番のための交歓会に出るという。そう言って昨日我々が来た方向に向って行った。我々もすぐに逆の方向に向かう。
 ビスタス川の流れに沿って森林道を進む。4日目にして初めてあるく森林地帯だ。ビスタス谷はデルタすらU字谷だから標高差はゼロと言って良く、しかも森林地帯だから、ぬかるみが多くて運動靴には辛い。私はそれを知っているから、天気の事も考えて始めから長靴にしている。ちなみにこの道は3年目に1度だけ逆向きに歩いた事があるが、景色がたいした事ないのに悪路ばかりで、2度と来るまいと思った程だ。まさか、僅か3年で再び足を踏み入れるとは思いだにしなかった。
 とはいえ、この道を歩くのは4〜5キロだけで、すぐに橋を渡って山に向う。3年前はこの橋からビスタス小屋までが40〜50分ほどの行程だったから、荷物や同行者を勘案しても1時間ちょっとの距離である。そこで休憩と思って、けっこう早足に歩いて行くが、残念ながら橋につく前に休止せざるを得なくなった。雨が降り出したのである。雨具に着替えて20分ほどで橋のたもとの分岐である。まっすぐ行けば、退屈な泥濘道が30キロ近く続く。途中に小屋すら無いコースで、まさにどうしてもやむを得ず至急下山しなければならない場合のみのルートである。もちろん無視して橋を渡る。
 対岸で道を誤るが、すぐに正規ルートに戻って、広いU字谷を横切り、U字谷の崖のたもとで再びT字に出会う。ここからが本格的な登りだ。僅か2キロ足らずの行程で一気に500m登るのだから、今までの峠の倍以上きつい事になる。幸い朝イチなので、同行者は元気である。小雨の中、森林限界の手前でいったん休憩し、そのあとは、激しくなった雨脚と急坂に抵抗するように登り切った。休憩の必要があるか尋ねたが、雨の中では休む気にならないとの事で登り切った。出発から3時間である。
 皮肉なもので、急坂が終るや雨脚も弱まり、峠(1040m)の先の小川の畔で休憩した頃はかなりの小降りになっていた。峠の向こうのV字谷に近い彫り込みで、下りはわずか150m程だが、瓦礫が多いので私はうれしくない。下りは昔から嫌いだ。V字谷に入って直ぐぐらいのところで、陸カモメらしき2羽の中型鳥が旋回しながら私に向って来た。どうやら、登山路のすぐそばに巣があるらしい。連中に頭を突つかれてはたまらないから、出来るだけ素早く通り抜ける。同行者も無事だったようだ。
 V字谷を2キロほど遡行すると、今日の目的地タルファラに向う為の路が別れていて、その先に橋らしきものがある。しかし、橋を確認する事も無く真直ぐに進んだ。というのも、さっき確認した地図によれば、目と鼻の先にカスカス簡易小屋があるはずであり、現に建物らしきものが見えていたからだ。この天気では、小屋の有無と状態を確認するのが先決である。1日目に立ち寄った小屋と同じレベルなら、是非とも長い休憩を取りたいとさっきから3人で決めている。橋らしきものを無視して先に進むと、建物らしきものは壊れかかったトイレで、その少し先に 小屋 があった。橋から約3分の距離、トイレからすら 1分以上の距離。寒い雨天では3分と言えども戻るのは面倒で、続けてやってきた同行者と共に小屋に入る。やはり身体を乾かすのが最優先だ。橋は後回し。
 小屋にはストーブと薪がある。この雨で身体が冷えているから、こんなに有難いものは無い。さっそくマッチで火をつけて、服や靴を乾かすと同時にお湯を沸かす。マッチはスウェーデン人の発明だけあって、今でも日本のマッチよりも火が確実につく。しかもスウェーデンは薪ストーブの先進国である。すぐに薪に火がついて、部屋が暖かくなった。
 外は再び本降りで、トイレに行くにもカッパが要る。それに引き換え、狭いながらも小屋は居心地が良い。暖かいスープを飲みながら、長い休憩を取る事を決めるが、どうせなら昼寝をしたい。スペースとしては寝台に2人、床に1人がギリギリ可能だ。まだ1時だから、3時まで休めば良いだろう、という事になって、眠りについた。起きたのは3時半近くだった。寝過ごしたお陰で疲れはすっかり取れている。しかも雨は止んでいる。となれば行くしかない。今は白夜だから真夜中まで歩けるのだ。事実上の1泊で、宿泊料は一人たったの 20kr (300円)。普通なら小屋に空き缶が置いてあってそこに使用料を入れるのだが、ここには無いから、諦めて次の山小屋で払う事にした。
 準備を済ませて、荷物を持たずにさっきの橋を偵察に行く。昨日の情報では壊れて渡れないとの事だったが、さっきちらっと見た感じでは新しそうだったから、期待できるのだ。行くと、確かに 新しい橋 が架かっている。喜び勇んで小屋に戻った時には、同行者も準備が出来ていた。谷の向こうを改めて見る。ここから先は山越え上級コースだ。全行程が山腹といって良いそのコースには、雷から守ってくれる物は何も無い。自然と雨雲が気になる。とても雷を起こしそうな雲には見えないが、それでもTと相談して、安全と判断して橋に向かった。いよいよ『キルナ合宿』の総仕上げだ。既に夕方4時に近い。  
 標高900mの橋を渡ると急坂だ。但し、U字谷の片割れとしては緩やかと言えよう。交互に現れる土路と 瓦礫路 をひたすら斜めに登って行く。標高差150mの急坂が終わると瓦礫の多い平坦地に出た。元のカスカス谷に直角に入っている極めて短い谷で、谷というより、高原と言った方が相応しい。そこから対岸を眺めると、迂回路に当たる カスカス谷 が真っすぐに西南西に延びて、これもU字の面影が薄くなっている。
 急坂が終っても結構な登りが続く。地図によれば更に80mほど登ると鞍部に出て、そこから本格的な山腹に入る。タルファラ山の山腹だ。この山の反対側に今日の宿がある。その同じ山から同じ鞍部に新鮮な雪解け水が気持よい音を立てながら流れ、例によって、そんな流れの中だけで育つと言う Isranunkel (氷河イチゲ)が豪華に 咲き誇って いて、ついつい足を止めてしまう。晴れていたらさぞかし素晴らしい光景だろう。曇天が恨めしい。
 出来ればこの川沿いに登りたい所だが、それは地図とは違う。ここでも斜めに登らなければならないのだ。川から完全に離れる前、雲に入る前に休憩を取り、鞍部の反対側の をぼんやりと眺める。
 何の目標も無い広漠とした瓦礫を真南に向かう。ビスタス小屋の宿泊客の数からも分かるように、ここは人の殆ど通らないコースだから、ケルンも流されたりして滅多に見つからない。否、途中からは全く見つからなくなってしまっている。そのくせ、ここで角度を東に5度間違えるだけで全然違う峠に、西に5度間違えるだけで危険な氷河に出てしまう。まさに上級コースと言うに相応しい。晴天でないと正確なルートは辿れない。しかも斑のようなガスで、ガスの中は視界100m以下だ。それでも私1人なら体力に任せて適当に歩き、後で補正の為に瓦礫を登ったり下ったりするのだが、同行者にとっては体力ギリギリの行程だから、出来るだけルートから外れないようにしなければならないのだ。地図と磁石だけを頼りに南下を続ける。
 かなり気をつけたつもりでも、視界の悪い広漠な土地でコース通りに歩くのは不可能だ。休憩地点から2キロ先の川を前に、真正面に崖が現れた。コースから100mほど西(山手)に入ってしまったようだ。少し戻って、下から川を渡ると、真横にはガスの下にDarfal氷河が見えるが、霧雨に写真どころではない。50mほどの距離であろうか。
問題はここから。地図(10万分の1)と方角と地形とを見比べる。 この先2キロ程は平たい盆地高原(標高 1450m)になっていて、タルファラ小屋へは一番西の峠から降りなければならない。コースも今までの真南から南南西に大きくカーブを切っている。晴れていれば行き先は明らかだが、不幸にして盆地の向こうは山麓から雲に覆われて全く様子が分からない。ケルンはもとより見つからない。こうなると頼りは磁石だけである。氷河から現在地を推定すると、峠への登り口までほぼ真南で西に10度ほど。この10度というのがくせ者だ。取りあえず真南に向かって最後に調整すればよかろうと思って平たい盆地の瓦礫を真っすぐに進む。
 正面の山にかかる雲はますます深く、切れる気配はない。水場を渡り斜面にとりつくと、そこは標高1500mの北斜面だから雪が当然のように残っていて、視界30mの霧と雨に路を選ぶのが困難になる。始めこそ真っすぐに登り始めるが、やがて傾斜が急になって雪渓が左右に分かれた。右か左か。
 先ほど地図を見た時、唯一の注意は右手の氷河に迷い込まない事だった。いっぽう、左手の方に路を間違えてもそこまで危険はない。足が自然に左に向く。深い傾斜の雪面の斜めに登るが、はねのけた雪がゴロゴロと視界を越えて転がって行くのを見ると、滑落だけは避けたい。半分氷になった雪だ。一端滑り出したら麓まで止まるまい。雪崩の可能性の全く無い事を頼りに、後続が確実に登れる程度の傾斜を切って行く。ひたすら真っすぐに。実はあとで分かった事だが、市販されていない詳細山地図によると(タルファラ小屋に貼ってある)、いま登って来た雪渓は実は氷河だそうだ。市販の山地図に載っていないだけの事で。図らずも『渡氷河』まで今回の合宿に加わった事になる。
 難関の氷河雪面を抜けると、傾斜が緩くなって窪地である事がなんとなく分かる。峠が近いらしい。後続が雪面をクリアーするのを待って一緒に100mほど先の峠に向かう。雨脚が強くなり、標高 1510mの峠の通過中は激しい雨だが、それを最後に雨が上がり、1kmほど先の鞍部の終わり、というか 崖の出前 で休憩を取った頃には合羽が不要になった。時計を見ると方8時をさしている。
 先ずは現在地の確認だ。幸い、霧から抜けたらしく、正面の 深いU字谷 と、その向こうに氷河が3つ見える。それを右手の尾根と見比べると、現在地が本来の峠の一つ南の鞍部である事は明らかだ。トータルで3km近いロス。ロスはともかく、この先の下りが思いやらせる。極めて密になった等高線は本来のコースよりも傾斜が急である事と標高差が400mある事を示しており、現に絶壁もいくつか見える。一方。本来の峠に往くには絶壁の横を正確に渡らなければならず、極め困難と言える。崖を降りるか、峠に渡るか。岩は雨に濡れていて滑りやすい。
 いや、ここは先ず景色を堪能すべきだろう。ブルーベリースープを飲み干しつつ、再び 氷河とU字谷 とに目を遣る。 真正面 がStor氷河(大氷河)で、その右がIsfall氷河(氷滝氷河)、その更に右にDarfal湖とKebnepakte氷河が、今日の泊まりのタルファラ小屋の向こうに顔を覗かせている。このうち正面のStor氷河がその名の通り一番大きく、雲さえ晴れていればその真上がスウェーデン最高峰のケブネカイゼである。そういう氷河をこの角度から見るチャンスは全くない。本来のコースなら斜めからしか見られないからである。路を間違えた、怪我の功名と言えよう。一方のU字谷では、我々の眼下をヘリコプターが時折往復している。タルファラ小屋の手前にある、ストックホルム大学付属タルファラ氷河研究所(と言っても建物はいずれも掘建て小屋だが)に何かの資材を運んでいるようだ。
 休憩中に崖を偵察し、絶壁を避けて大岩のガレ場だけで降りるルートがありそうだという結論に達する。Tに至っては、こんなの簡単だよ、という顔つきだ。いや、こういう時にそういう顔つきは有り難い。始め呆然としていたSもおそるおそる降り始めた。始めTに軽くひょいひょいと濡れた岩場を少し先行してもらって、そのあとをSとゆっくり降りて行く。こういう難所は始めの20mを下るのが勝負だ。そこでこつをつかんで貰ったら、あとは易しい。標高差400mの崖といっても、本当の急坂は200mなので、結局20分程で難所はクリアーする。結局、今回の『合宿』には『渡氷河』のみならず『崖下り』の訓練まで入ってしまった。
 最後の難所を越えて、同行者に疲れがどっと出たらしく、易しい谷路の割に時間がかかる。結局、元気な時の2倍近い時間がかかって、氷河研究所の横を通過し、更にIsfall氷河手前( 写真1写真2 )を通過して、タルファラ小屋についたのは夜9時45分だった。いや、どんなに遅くとも無事に着けばそれに勝る事はない。そこはクングスレーデンで最も人気の高い山小屋である。超多忙の国王ですら立ち寄った事があるそうだ。
 食堂で遅い夕食を作りながら、明日の相談をする。一応クライマックスを越えて、後は下山だけだが、予備日が1日あるから、正確には2日ある。しかも、下山ルートの大部分は、予備日がなくても困らない区間だ。ここから8キロ足らずの程の所にケブネカイゼ山ホテルがあるが、そこからバス停のニカロクタまでは、どんな天気であっても行けるという、超初心者コースなのである。その上、ケブネカイゼ山ホテルは山小屋と違ってサウナやシャワーもあるから、疲れも十分に取れる。帰りの飛行機には十分だろう。自然と、予備日を最大限に利用出来ないかと云う誘惑がもたげて来る訳だ。瀧を得て蜀を望むというではないか。
 もしも明日の夜にケブネカイゼ山ホテルに泊まるなら、明日は、今回の合宿で唯一やっていない山頂登頂を目指すチャンスがあるのだ。しかもスウェーデン最高峰(ケブネカイゼ)というおまけまでついて。ケブネカイゼに登る時は、ケブネカイゼ山ホテルに荷物を置いて、必要最小限だけで山頂日帰り往復する。疲労の具合にもよりけりだが、今日の上級コースを歩けたのだから、朝のうちのケブネカイゼ山ホテルまで行って、そこから日帰り山頂往復は十分に出来る。
 ただ、Sの疲労を考えると、晴天でなければ、そこまで無理する価値はない。そこで、天気によって下山するかケブネカイゼを目指すか決める事にして、早々に寝た。明日は果たしてどちらに転ぶか。


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