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大気電場と放射線測定ネットワークのデータを比較する手法(2011年11月)
(http://www.irf.se/~yamau/jpn/1111-movement1.html)

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『電離』放射線による大気電場への影響
 放射線の事を『電離放射線』と言う事からも分かるように、放射線は回りの分子やダストを電離して、微小イオンを作る(放射線を測る装置の原理もこの性質を使う)。したがって、放射性物質が空気中を浮遊すると、空気中のイオンの量を増やす。それら浮遊イオンは空気の中を自由に動き回れるから、同じ電位差に対して電流が流れ易くなる事を意味する。つまり空気中の電気抵抗が低くなる(電気伝導度が高くなる)のである。こういった電気的性質を調べる事で、放射性ダストに関する情報(正確には放射線に増えたイオンの量の情報)を得る事が可能になる。
 もっとも、空気中の電気伝導度を測るのは大変で、しかもサンプルした高さの伝導度しか分からない。その代わりに世界的で常時観測されているのが大気中の電場の鉛直成分である。具体的には地表付近の1mの高さ当たりの電位差で、専門用語をPotetial Gradient(PG)という。日本でも茨城県石岡市の柿岡地磁気観測所で60年以上に渡って測定をしている。そのデータを 図1(3ヶ月データ)と 図2(3日間データ)とに示した。横軸の時刻はグリニッジ世界時(UT)を使っている。ちなみに柿岡は 図3 に示すように、福島原発の南南東150kmの所に位置する。
 柿岡での大気電場(PG)測定は、3月11日の地震に伴う停電で一旦中断したものの、2日後の13日に再開した。その際の値は地震前と同じ(約60V/m)である。これが普通の状態であり、柿岡に限らず世界の何処でも100V/m程度の垂直電場(PG)がある。
 この電場の元となっているのは、高さ80kmの電離層と地面の間に世界規模で恒常的にかかっている2〜3百万ボルト程度の電圧であり、この電圧を作っているのは、主に赤道付近の雷放電と雨である。雷雲が電流を地上から電離層に運び、晴天の下で電流が地面に戻っているのである。この電圧と大気の電気抵抗との兼ね合いで、地上付近の垂直電場が決まる。それが晴天下では100V/m程度だ(注2)。


大気電場と放射線値からの浮遊放射能推定:(1)始めの1週間
 このようにして作られるPG(垂直電場)は、図1に図2にあるように、放射性ダスト雲が大量に南下した3月14日に値が一気にゼロに落ち、そのまま28時間続けてゼロの値で張り付いた。マイナスでなくゼロという所がミソである。世界規模で維持されている電離層・地面間の電圧は、日本程度の地域での変化とは無関係なので、PGがゼロになったという事は、その場での大気の電気伝導度が非常に大きくなった(測定誤差を考えても1桁以上)事を意味し、それはとりも直さず、大気中のイオンが地上付近で1桁以上増えた事を意味する。というのも電気伝導度(電気の流れ易さ)は、電流を担うイオンの量とその動き易さで決まるからである。イオンが一桁以上増えたのは、もちろん『電離』放射線が増えて、それによって大気中の分子が電離されたからである。ちなみに、この変化の前後24時間、雨は全くふっていないし、雨雲すらない。上述したように雨雲は電気を帯びているので、その影響でゼロやマイナスの値になる事があるが、そういう要因が全く無いのである(注3)。
 以上をまとめると、PGがゼロの値を示し続けた期間、柿岡付近(福島原発から150kmも離れている)が、ずっと放射能に酷く汚染されていた事になる。それも地表に付着した汚染ではなく、地面近くを浮遊していた可能性が極めて高い。というのも、その後、16日に震災後始めての強風(平均風速が毎秒約5メートル以上)が吹いたあと、20日(震災以後始めての本格的雨)まで20V/m程度(震災前の3分の1の値)が続いたからである。
 16日〜22日の変化の様子を 図4 に示す。強風の間の数時間の高い値は、その間だけ上空を覆った雲(帯電性)の影響があるので解析が難しいが、その後の20V/m程度の値は、電気伝導度の変化を意味し、もしも放射性ダストが地面に定着していたら説明出来ない。そこで考えられるのは風で放射性ダストが吹き払われた可能性である。しかし、放射線量の値を見ると、PGがゼロだった15日と、風の収まった後(16日午後以降)とでほとんど変わりない。つまり、放射能量、すなわち電離効率が維持されている事が分かる。したがって、地面付近の放射性ダストは単に吹き払われてのではなく、高度の高い所まで広がったと考えられる。これをもう少し詳しく説明しよう。
 電離層から地面までの電位差は世界的には一定だが、その高さ分布は一様ではない。というのも、電離層から地上までの電気の通り道(直列回路)で、電気伝導度が異なるからだ。直列回路の場合、電気伝導度の低い所(抵抗の大きい所)は、電気伝導度の高い所(抵抗の小さい所)よりも高い電圧がかかる。一般に、上空ほど電気伝導度が高くなるので、高度の低いところほどPG(1m当たりの電位差)は大きくなる。これが普通の状態である。
 もしも放射性物質が地上付近だけに分布したら、電圧の殆どは他の高度にかかる。これは15日や21日以降の状況である。しかし、もしも放射性物質が地上数キロ以上に渡って広く分布したらどうなるか? その場合、電圧は再びまんべんなくかかるのでゼロにならない。もちろん。放射性物質であまり汚染されていない高度にかなりの電圧がかかるから、平時に比べて大きく減る。この状態を仮定すると、16日〜20日のPGと放射線値がきちんと説明できるのである。
 この解析から言えるのは、15日〜20日の6日間以上に渡って放射性ダストが空気中に大量に浮遊していたという事である。つまり、内部被曝の危険が高かったと言う事だ。ちなみに、 図5 に示すように、20日の本格降雨の後にPGは再びゼロ値になって、それが最終的な値になっているから、この時に始めて放射性浮遊物のほとんどが地面に落ちて定着したと考えるべきだろう。この降雨で放射線の値こそ跳ね上がったが、被曝と言う観点からすると、21日以降よりも14日〜20日が(内部被曝という意味で)より危険だったという事になる。原発から150kmも離れたにもかかわらずである。


大気電場と放射線値からの浮遊放射能推定:(2)始めの2ヶ月
 内部被曝の危険性は3月20日(世界時間)の本格降雨のあとも消えていない。というのも、雨の後、地面が乾くや、風で地表(地面と植物)の放射性ダストが再び舞い上がるからであり、木の葉っぱから落ちて来るからである。これら二次飛散の危険性は チェルノブイリ事故 のあとも警戒されたが、当時は測定が非常に高価で、まともに二次飛散を調べるに耐えるデータはほとんど存在しない。
 まず風による舞い上がりだが、昼間風が吹いて、夜に凪ぐという一般的な性質により、データが日変化する事が期待される。日変化の例を 図6 に示す。日本時間の12時前後(世界時の3時前後)にピークになっているのが分かる。つまり、3月16〜20日の状態と同様に、電気伝導度がかなりの高度まで上昇した事を意味する。これは震災前でも常時見られている日変化に似ており、昼の風でイオンが上空に巻き上げられた事が推定される(注4)。ここで問題になるのが、イオンのみが舞い上がっているのか、放射性物質も一緒に舞い上がっているのか(そこからの放射線が上空をイオン化しているのか)、という事である。前者は、放射性物資が完全に地面に(地面の直ぐ下)に定着した場合に起こりうる。この場合、放射線は地面に乗っかっているダストを主に電離し、こうしてイオン化したダストが舞い上がるというシナリオになる。この種の舞い上がりを放射線量計のデータで区別するのは難しい。というのも地上1mの線量計に現れる変化は非常に少ないと予想されるからである。ただし、線量計では分からなくても大気電場(PG)のデータは何らかの舞い上がりを示しているのである。
 イオンだけの舞い上がりなのか、放射性物質の舞い上がりかを知る為には、一ヶ所だけからのデータでは分からない。これについては、2つ目の『 土壌サンプルのデータと放射線測定ネットワークのデータを比較する手法 』で調べた結果、4月末まで再浮遊した放射性物質による内部被曝の危険があり、それが4月末に収束した事が伺える。
 一方、木から放射性物質が一番落ち易いのは大雨と強風の時である。その場合、放射源が地面に移動する事から、電気伝導度も地表付近で一次的にあがる。つまり日変化パターンのリセットが多かれ少なかれ起こる事が予想される。実際 図1 によると、4月8日付近と4月18日付近でリセットらしきものは見られ、それが大雨と完全に一致している。



山内正敏
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注釈2: 上空に雨雲があると、そこに電荷が不均一に溜まって、その電荷の影響で地上の電場(PG)が大きく変動する。

注釈3:  ちなみに、雲が電気を帯びた場合、PGの値はゼロでなく、プラスとマイナスに大きく触れる。したがって、ゼロ値を数時間以上続けるという事は有り得ない(過去のデータにもそんあ例はない)。

注釈4: 日変化のパターンを細かく見ると震災前と多少の違いがある。これについては後日述べたい。