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農地・森林・河川・湖沼・市街地の放射能汚染と、その対策(翻訳報告)
(http://www.irf.se/~yamau/jpn/1109-chernobyl.html)


 化学毒は分解するが放射能は残る。
 落葉・枯葉・腐植土は取り除け。
 山火事が放射能を捲き上げる。
 カリウム系の追肥は効果的。
 痩せた土地ほど二次汚染。
 飼料も放射能検査せよ。
 山菜・茸は食べるな。
 森は放射能だらけ。
 ワラは高く切れ。
 マメ科はダメ。
 焚き火厳禁。
 深く耕せ。


 これらはチェルノブイリの教訓のごく一部に過ぎない。
 チェルノブイリ事故ではロシアを含む欧州で広範な汚染があり、今回の福島原発事故とは比べ物にならないほどの放射能が農産品から検出された。事故直後が牛乳と葉野菜のヨウ素汚染であり、数ヶ月後からセシウムによる農作物と畜産品の汚染が中心となった。多くの国で、その国の農業事情に合わせた対策がとられ、それらは今でも続いている。セシウムの半減期が長いためだ。原発近くだけでなく千キロ以上離れたスカンジナビアでもそうだ。
 事故直後の汚染は葉が直接放射性ダストの降灰を受けた為で、これは野菜、森林、牧草に限らない。葉は雨滴を効率よく受ける形をしているため、降灰してきた放射性物質も大量に受け止める。だから、この降灰を受けた農作物は、家畜に食べさせる牧草類を含めて、たとい低汚染地域であっても検査しなければならない。それはヨウ素だけでなくセシウムもそうだ。ただし表面だけの汚染なので、雨や落葉で洗い流される。
 その後はいわゆる二次汚染である。ここで問題になるのが放射性セシウム137である。というのも、放射性物質の総量は化学毒や生物毒と違って、分解して毒が消えるという事がないからだ。質量保存の法則のまま、半減するのに30年もかかる(=1年に1%しか減らない)。つまり放射性セシウム137による二次汚染から逃れる為には、二次汚染を起こさないような場所にセシウムを移動させるか、化学的にセシウムを別の物質と結合させて動植物が吸収しないようにしないといけないのだ。ここが、今までの公害物質と決定的に違う。問題はそれだけではない。自然環境の中で、セシウムがどのように生物に取り込まれるか、或いは他の場所に流出していくかについて、人類は何も知らなかった。だから、きちんとしたデータを取るところから始めないと、対策もモデルも作る事も出来ない。
 だが、幸か不幸か、人類はチェルノブイリ事故という経験を通してデータを得た(福島でもあらゆるデータを取り、データベースを作る所から始めないといけない事は言うまでもない)。長年の汚染データと、浄化の為の試行錯誤・成果のデータについて、今や論文が毎年100本以上出版されている。


 こういう短期的・長期的な影響と対策を網羅した文書に、国連のチェルノブイリ・フォーラムの報告書
『チェルノブイリ20年:原発事故の環境への影響とその対策』
(http://www-pub.iaea.org/mtcd/publications/pdf/pub1239_web.pdf)
がある。英文2段組180ページ、図が100枚という本格的な報告書で出版は2006年だ。それには欧州の多くの国の長年に渡る知恵が結集している。それを6月末から2ヶ月かけてボランティアで翻訳した。その二次汚染関係の主なものをまとめる。


 草木の場合は、汚染された土壌から根がセシウムを吸収することで汚染され、家畜の場合は、汚染された飼料を食べる事でセシウムが蓄積された。幸い、二次汚染には積極的な対策がある。というのも根がセシウムを吸収するのは、カリウムとセシウムが化学的に似ていて植物が区別しないからであり、家畜は新陳代謝が早く、奇麗な餌を暫く食べさせたら、体内のセシウムが抜けてしまうからだ。
 牛の新陳代謝は乳が数日で筋肉でも1〜2ヶ月程度。つまり、高汚染乳を出した同じ牛でも、1週間後には基準値以下の牛乳を出せるし、筋肉の生体検査で高汚染だった同じ牛が、2ヶ月後には基準値以下の比較的安全な牛に変わりうる。もちろん、これは汚染されていない餌を食べさせた場合だ。だから飼料の放射能検査は旧ソ連3ヶ国(ロシア、ベラルーシ、ウクライナ)では常識で、しかも、屠殺前の放射能検査で不合格だったら農場の送り返して奇麗な餌を食べさせ続けるという指導まで徹底している。
 もっとも、安全な飼料は遠くから取り寄せる必要があって値段が高い。出来れば汚染飼料を食べても汚染されない方法が欲しい。そこで考えられたのが、セシウム結合剤でセシウムの体内への吸収を抑える方法だ。お茶のタンニンが鉄と結合して体内への吸収を抑える(だから貧血の人は禁茶となる)のと同じ原理で、セシウムが体内に吸収される前にセシウムと化学結合して、そのまま排出する。
 セシウム結合剤として旧ソ連や欧州で広く使われているのは六シアノ鉄酸塩(染料の紺青と同じ成分)で、数万頭の牛がこの恩恵にあずかった。これに改良を加えたのがボリと呼ばれるもので、北欧で開発され、トナカイや山羊の放牧で使われている。これは一回摂取したら何ヶ月も胃の中に留まり、六シアノ鉄酸塩を少しずつ溶け出させるもので、屠殺予定の数ヶ月前に一回だけ与えれば済む。
 農作物対策ももちろんある。どういう土壌でどういう作物が放射能を吸収しやすいかという問題は、チェルノブイリ後の試行錯誤のお陰である程度わかっている。とりわけ重要なのは、土壌内でのカリウムとセシウムの比で、同じ濃度のセシウム汚染でも痩せた土地と肥えた土地で10倍以上の差がでてくる。逆にいえばカリウム系の追肥が効果的という事になる。一方、土壌の成分のうち放射能の多い部分を取り除くというのも重要で、特に放射能を直接浴びた葉の落葉・枯葉は直ぐに取り除かなければならない。だから、汚染地域の有機農業に方々は、たとい低汚染であっても、今年だけは堆肥を作るのを諦めて欲しい。
 なによりもの教訓は、農作物の放射能汚染が毎年半減した事実だ。セシウムの半減期は30年でも、農作物汚染には当てはまらない。より温暖な日本ではもっと速いかもしれない。もう一つの教訓は、集約農業ほど、対策のコストパフォーマンスが良いという事実だ。だから日本ではチェルノブイリの時よりもきめの細かい対策が可能かも知れない。例えば土壌そのものの除染という発想はチェルノブイリには無かったが、日本ではこの研究が熱心に進められている。公害対策の技術であっという間に世界一になった日本のクリーン技術に大きな投資をする価値はあるだろう。それは農地だけでなう住宅地や市街地でもそうだ。
 もっとも、森林だけはそう甘くない。チェルノブイリの経験から、森林がセシウムをほとんど自然浄化しない事が分かっている。というのも、セシウムが地下深くに染み込んで事実上「埋蔵」される前に、樹木が吸い上げてしまうからだ。そうして落葉を通じて再び森林土壌を汚染する。つまり、セシウムが森の中で循環してしまっているのだ。森林汚染の大元が落ち葉にある事から、土壌近くの土と密接な関係のあるキノコ、山菜、猪、兎などは絶対に禁物である。そしてこの汚染は農産物と違って今年1年で終わらない。これを断ち切るには落ち葉を徹底的に掃き清めて土に還らないようにしなければならない。チェルノブイリ事故の時は、旧ソ連の広大な森林地帯を前にそんな余裕は無かった。だが、もしかしたら日本では可能かも知れない。
 落ち葉だけでなく、樹皮や葉っぱの表面にセシウムはこびりつく。セシウムはカリウムと性質が似ているから、草木を燃やすと、セシウムが(カリウムと同じく)灰に残る。つまり、セシウム濃度の高い灰が残る。残るだけでなく火の粉として舞い上がる。それを間違って吸い込んだりしては内部被曝に繋がるから、放射能汚染地区での焚き火や火事は禁物である。幸い、チェルノブイリの時と違って、現代日本で炊事や風呂を薪に頼る事はなくなったが、それでも注意すべきだろう。


 報告書はこのような知識の宝庫である。具体的には3章(一番長い章)で汚染状況をしっかり記述し、4章(2番目に長い章)で対策を紹介している。残りはやや専門家向けの内容だが、それでも6章(野生動植物への影響)や7章(原子炉をとりまく覆いの価値)は、なるほどという内容が詰まっている。


1章:2〜7章の要約 (英文15ページ)
2章:序言 (英文2ページ)
3章:汚染状況 (英文45ページ
  3.1 爆発から初期分布まで
  3.2 都市での汚染
  3.3 農地での汚染(農産物を含む)
  3.4 森林での汚染
  3.5 水圏での汚染
  3.6 まとめ
  3.7 課題
4章:環境汚染への対策 (英文28ページ)
  4.1 放射能に関する安全基準
  4.2 都市での放射能除去
  4.3 農地での対策(農産物を含む)
  4.4 森林での対策
  4.5 水圏での対策(水産物を含む)
  4.6 結論
5章:健康被害 (英文22ページ+参考文献リスト)
6章:動植物への影響 (英文14ページ+参考文献リスト)
7章:チェルノブイリ防護ドーム(石棺)の更新の際の放射線対策 (英文23ページ+参考文献リスト)


 ちなみに、報告書を書いたのはチェルノブイリで被害を被ったベラルーシ・ウクライナ・ロシア3ヶ国の代表と国連が招集した科学者たちで、そのきっかけは、国連科学委員会(UNSCEAR)の出した2000年の報告書が余りに放射能被害を軽視していて、ベラルーシ、ロシア、ウクライナ3ヶ国の代表が腹を立てたからである。国連は臭いもの蓋をしようとしたが出来なかったのだ。だから、報告書では広範な汚染地域の膨大なデータに基づく数多くの研究成果が網羅されている。この内容を汚染地住民に知ってもらう事は、環境悪化の予防と環境回復の為に重要だろう。だからこそ、ボランティアを募って翻訳する事にした。
 翻訳していると、いろいろ行間に浮かび上がって来る事がある。例えば旧ソ連3ヶ国の違いだ。貰い公害の被害者であるベラルーシの悲観、加害者なのに南部に膨大な穀倉地帯をもつウクライナの楽観と無責任、悲観とか楽観とかを通り抜けて回復の為のプロジェクトを着実にこなすロシア。当時、ソ連の一部だったから国際問題に至っていないが、いまだと大変な問題だろう。


 ちなみに、肝心の翻訳だが、著作権者のIAEAが民間による翻訳申請を(外務省を通してすら)受け付けない事が8月頭に判明し、公開ができないままである。なんでも、日本政府の専門機関による翻訳内容の保証が翻訳申請の条件だそうで、その理屈はわかるものの、文書が放射能に都市・農地・森林・陸水海水の汚染を取り扱っている事から、それに関する研究所も機関も存在しないという現状を考えると(環境省は8月末まで『放射能汚染の問題は扱わない』と法律で定められていたので手が出なかった)、学術会議ぐらいしか『日本政府の専門機関』と言えるものはなく、現在、そこに仲介の労をとってもらっているが、全部で5つの独立組織(学術会議、内閣府、外務省、IAEA、翻訳ボランティア)が関わる話になってしまった為に、全ての手続きが終わるのにどれほどの時間がかかるのか見当もつかない。
 そもそも、ボランティアによる翻訳申請が認められない以上、原子安全委員会が5年前に翻訳しておかなければならなかった書類だった訳だし、税金(IAEAは各国政府からの拠出金で運営されている)で作った報告書がパブリックドメインでなく著作権文書である事自体もおかしいのだが、今はそんな理不尽に憤るよりも、翻訳を必要とする人に翻訳内容を届ける事が最優先なので、個人的なまとめを書いておく。ちなみにIAEA側の非公式の話では、翻訳の個人的な通信での配布は構わないそうで、ボランティアによる翻訳が欲しい方は、私(アドレスは私のページから辿って下さい:迷惑メールを避けるため、ここには書きません)に連絡して欲しい。

2011-7-25:初版
2011-9-17:改版

山内正敏

1234567890123456 牛の新陳代謝は乳が数日で筋肉でも1〜2ヶ月程度、植物はセシウムとカリウムを区別しない、カリウムを吸収しやすい植物ほどセシウムも吸収する、汚染の多くは葉っぱに止められ、腐植過程ではセシウムは減らない、地表面の埃が舞い上げられるとセシウムも一緒に舞い上げられる、等々。  もっとも、この件に関しては、私は政府や農林省を非難する気はない。というのも、ただでさえ大変な事故で、役人達はてんてこ舞いであり、情報をもれなく把握して更に周知させるなんて離れ業を、ほんの数ヶ月で出来る筈がないからだ。ではマスコミは? 福島原発の事故では、世論の中心は人体への放射能の影響であり、それに比べると、環境への影響という視点は世論の焦点からはずれている。生態系・環境での汚染を知らずして放射能の人体への経路を知る事が出来ないにもかかわらずだ。科学者の反応も鈍い。放射能汚染問題が全ての科学分野にまたがるものであるにも関わらずだ。昨今の大学改革で研究者や大学関係者にまったく余裕がなくなった事もあろうが、筑波などの被災地に近い所や一部の学会を除くと積極的に関わろうと言う人が余りに少ない。  では私に出来る事は? それは公開されている放射能データの解析であり、情報の発信である。後者のひとつとして、上記の報告書の翻訳をはじめた。いろいろ調べて、この報告書がベストであろうと結論づけた6月後半にボランティアを募り、20人ほどで翻訳作業をすすめている。同時に著作権者のIAEAにも翻訳申請を出しており、許可され次第、日本語版は無料でネット上に公開する予定だ。  放射能は危険だが、真面目に向き合えば、それなりの解決策が常にある。チェルノブイリで被害を受けた農民達の教訓は、その近道だろう。 被曝量に人口を掛けて被曝被害総量を 放射線に絶対安全な値なぞ存在しない。絶対危険な値だけがある。その中間のグレーゾーンのうち、社会的・経済的・時代的なコンセンサスがとれる値が基準値であり、この基準値があるからこそ、消費者は取りあえず安心して食品が食べられる。 植物は土壌の上に溜まった、新しい枯葉・落葉・腐植土と、その下の無機土壌の両方に根を張りますが、同じ汚染量でも、上層の有機土壌からの放射能吸収は、下の無機土壌からの放射能吸収の10倍〜1000倍になります。この影響が消えるのにチェルノブイリから500キロ離れたところですら7〜8年かかっています。 (i) 放射性セシウム(137Cs)の高濃度汚染地域(1平方メートル当たり55万5000ベクレル(555 kBq/m^2)を超える地域)での屠殺の禁止。屠殺前の1ヶ月半の間は汚染されていない食物を与えなければならない。 (ii) 農作で通常行われる作業のいくつかを省略する事で、放射性ダスト(砂埃のようなもの)が発生・拡散するのを防ぐ。 (iii) 放射能汚染された堆肥の使用制限。 (iv) トウモロコシ用のサイロの準備。干し草の代わりにトウモロコシを保存飼料に使うため。 (v) 個人農場で生産された牛乳の消費の制限 (vi) 農産品の放射能検査の義務化。 (vii) 牛乳の加工を義務化(上記の注釈参照) (a) 土壌汚染が一定値(放射性ヨウ素 131Iで1平方メートルあたり1万ベクレル(10kBq/m^2)、放射性セシウムで1平方メートルあたり3000ベクレル(3kBq/m^2))を超えた場合、牛を牧場に出してはならない。 (b) 新鮮な葉野菜はなるべく食べない。他の野菜も出来るだけ洗う【訳注:日本と違い野菜の少ないスウェーデンでは葉野菜の寄生虫も少ない事から、栄養保持のために水洗いを避ける傾向があった】。 (c) 下水処理後の残土を肥料とする事の制限。 (d) なるべく深く地面を耕す。 (e) 牧草を収穫する際に、地面近くを捨てて、なるべく高い位置で刈り取る。 ルピナス、エンドウ豆、ソバ、クローバーなどの飼料作物は放射性セシウムをより多く吸収する。従って、全面的もしくは部分的に別の作物に切り替えられた。 表4.5. 旧ソ連の3か国での、さまざまな対策によって達成された放射性核種減少係数のまとめ[4.30, 4.34, 4.40, 4.45] セシウム137 ストロンチウム90 通常の耕耘(1年次) 2.5-4.0 - 表層剥ぎ取り埋め戻し耕耘 8-16 - 石灰まき 1.5-3.0 1.5-2.6 鉱物肥料使用 1.5-3.0 0.8-2.0 有機肥料使用 1.5-2.0 1.2-1.5 抜本的改良:  第1回目 1.5-9.0a 1.5-3.5  2回目以降 2.0-3.0 1.5-2.0 表面的改良:  第1回目 2.0-3.0 2.0-2.5  2回目以降 1.5-2.0 1.5-2.0 家畜飼料用穀物の変更 3-9 汚染されていない飼料の使用 2-5 (時間による) 2-5 セシウム吸着剤の投与 2-5 - ミルクからバターへの加工 4-6 5-10 菜種から菜種油への加工 250 600 a 泥炭湿地の場合、排水に最大15 こんかい、国連チェルノブイリ・フォーラムの環境報告書 「Environmental Consequences of the Chernobyl Accident and Their Remediation: Twenty Years of Experience」 を選んで翻訳を始めたのは、巷の議論の殆どが医学視点で、地球科学・農林水産業の視点に関する日本語文献が、チェルノブイリに関しては皆無であるからです。 訳文に関しては、5〜7章は論文調のままですが、農林水産業に関係する3、4章は、それを必要とする読者が圧倒的に覆うので、専門用語をできるだけ一般の説明に置き換えて、大量の訳注をつけて、大学1〜2年生レベルでも十分に理解出来る内容にするべく調整中です。一番の問題は土壌の性質の違いや、安全基準に対する市民の考え方の違いで、これも出来るだけ訳注でコメントを入れております。