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『安全対策』だけでなく『事故対策』も(4月30日)
(http://www.irf.se/~yamau/jpn/1105-npp.html)

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=== 緊急時の個人対策は こちら ===
=== チェルノブイリの教訓は こちら(9月追加) ===
=== 実測データから求めた放射性物質の動きは こちら(11月追加) ===


問題点
 福島原発事故以来、原発の是非や原発安全対策の強化などが盛んに議論されているが、『対策』論議からすっぽり抜け落ちている課題がある。それは『事故が起こってしまった時の緊急体制の不備』だ。それは避難手順であり、避難先の確保であり、長期避難の場合の仕事の確保など多くの手順を含む。その中でも特に重要なのが、事故直後の放射能情報である。福島で不要な被曝をしてしまった人々の被曝原因の殆どが、この情報不足による。
 3月14〜15日に大量の放射性物質がまき散らされた時、その量がどのくらい大変なものであったかを誰も知らなかったし、それ以上に、事故時、どの地帯が風下になっているかすら分からなかった。知らされなかった云々以前に、誰にもよく分からなかったのだ。
 分からなかったという事自体が重大な問題だが、それ以上に問題だと思うのが、分からなかった事への理由だ。公式の説明は
『SPEEDIシミュレーションが機能しなかったから』
となっている。ここが根本的におかしい。というのも、地表近くを刻々と移動する放射性物質の動きを、多点測定でなくシミュレーションのみで精密に知ろうとする事自体が非科学的だからだ。

 全てのモデルは、ある実測値との比較によって、始めて『その実測時と同じ条件(初期条件と境界条件)』という条件付きで検証された事になる。この実測値検証を、無数の初期条件と境界条件で確認して、始めて『多くの場合で成り立つモデル』となる。しかし、それでも実用可能なモデルではない。というのも、初期条件と境界条件が制限時間内に必要な精度で得られるかどうかの検証が別に必要だからだ。天気予報の信頼度が高いのは、何十年にも渡る1時間値の測定ネットワークと比較検証した成果であり、同時に多くの必要な『初期条件』観測を行って来たという実積があるからだ。そういう比較が原理的に不可能な放射性物質シミュレーションは、科学の検証を経ていない『モデル案その1』であり、高価な玩具に過ぎない。実際、単純な下流予想ですら、SPEEDIの予想と実測の結果では特に南の方で高濃度地域が東西にかなりずれている(この件に関してはモデルの不備を指摘されており、詳しくは北本朝展氏の『気象庁数値予報モデルGPVの比較』を参照すると良い)。
 シミュレーションが『モデル案』に過ぎない事を端的に示している例として、パニックを恐れて発表されなかった事実がある。SPEEDIだけでなく、他のシミュレーションすら気象学会の「予想禁止令」で発表が禁止された(個人の科学者がその良心に従って発表したら、その科学者は予算カットの憂き目にあって今後研究出来なくなる)。これがシミュレーションでなく実測データであれば、それを隠す事は犯罪であるが、シミュレーションの場合は、危険値を予想したところで、それはあくまでも可能性なので、パニック論が生まれてしまうのである。しかも、シミュレーションの技術的・社会的限界をきちんと認識している『良い』科学者・技術者ほど『不確かさ』によるパニックをより恐れて隠匿する傾向になる。要するに、本当に危険な場合に限ってシミュレーション結果が出にくくなるのである。SPEEDIの結果が発表されなかった事も、こういう事情が或いは効いていると考えるのが自然だろう。なぜか新聞等には『連絡の行き違い』という言い訳が出ているが、そんな言い訳が通用しない事は明らかで、というのも危険値を知った原子力保安院のメンバーが官邸に直訴すれば良いだけの話だからである。
 もちろん、そんな玩具シミュレーション『SPEEDI』でも、海や上空10キロのように大規模な測定ネットワークが困難な所では有意義だろう。昨年のアイスランド火山爆発時ではないが、飛行機の運航にこの手の予報は必要だ。だが、近隣100km程度の、しかも人間が生活している地表付近でのモニターに関しては、多点測定・リアルタイムモニターという、実現可能な実測手段がある。
『(実務的にも経済的にも)測定可能な場合は測定を第一とする』
これは地球・惑星科学だけでなく、全ての科学での基本であり、同時に安全対策の基本でもある。そして、多点でのリアルタイム・モニターは以下に示すように簡単に安価に(全国合わせてSPEEDIの1/10の費用で)構築出来る。不確かな玩具シミュレーションに頼る必要はない。
 従って、問題はSPEEDI云々ではない。科学的に正しい『事故時の対策』をきちんと行うかどうかの問題である。これは全国の原発にあてはまる。


SPEEDIより確実で安価な方法
 アメダスのような自動測定・リアルタイム表示(10分更新)の技術が存在する現在、放射性ダストの動きは、測定点さえ十分に取れば分かる。では、屋内退避等の緊急対策に必要な情報を得るのに、どの程度多くの測定点が必要か? 飯館村の例から、放射能濃度の高いダストが限られた方向(北西)に流れて得る事が分かっている。その広がりは原発30km地点で数kmである。逆に、原発30km地点で3km程度のメッシュサイズを取れば、放射性ダストの流れの向きを掴める事になる。このことから、原発の40km圏内(約3000km2)で3kmおき=300地点、40〜80km圏(約8000km2)で10kmおき=100地点に、放射能モニター(簡易線量計)を設置し、リアルタイムでアメダスのように表示すれば、SPEEDIより確実に十分な緻密さで放射性物質の流れと、その危険度がひと目で分かる。風速10m/sが6km/10分に相当する事を考えれば、このメッシュでデータを取った場合でも、既にアメダスで実施してる10分更新で十分と言えよう。

 10分更新のリアルタイムネットワークのノウハウと一部のインフラは、既に気象庁が持っている。だから気象庁にデータ収集とリアルタイムを委託表示すれば、データ処理の方は僅かな予算(サーバー程度)で可能である。一方、観測点の新規設置費用に関しては、多めに1地点当たり25万円(線量計+パソコン+測定箱+電源+インターネット)の設置費用と、400地点展開を考えても1億円の設置費用にしかならない。全国13の原発をあわせても13億円だから、SPEEDI(120億円以上)の10分の1だ。これは原発1基あたり5000億円(一ヶ所の原発あたり2〜3兆円)の設備投資費に比べて微々たるものであり、電力会社で十分にまかなえる金額である。原発設置に必要なモニターである以上、原発の費用としてモニター代も入れるのが筋だ。
 表示に関しては、線量計の違いや自然放射能の違いの他、風評被害対策と言う面から特別な考慮が必要となる。たとえば、高めの(1ミリSv/時程度、福島の場合は10ミリSv/時程度)のゼロ表示設定とか、或いは過去1週間の平均値と比較した増減量の表示というのがあげられる。しかし、風評被害を理由にまったく表示しないとなると、国際的な不審を引き起こし、かえって風評を広めてしまう事を忘れてはいけない。


なぜシミュレーション対策『のみ』となったのか
 地球・惑星科学の視点からみたら暴挙とも思える『シミュレーションのみ』という対策だけが提唱されて、アメダスのような簡単なリアルタイムモニター網が設置されなかったのは何故か。少なくとも費用の問題ではない。考えられる理由は2つある。 
1. 『事故が起こった場合の対策を考える事は、原発が安全でない事を認めるのと同じだ』という妙なロジックが政治家・官僚の間であった。少なくとも、そのような印象を私は過去30年以上持っている(地球温暖化がらみで少し書いています)。この手の奇妙なロジックは原発推進側だけでなく反対派にもあった。それは『原発の安全性や事故対策を議論することは原発を条件付きで認める事になってしまう』というロジックで、そういう強硬主義の結果、安全性や事故対策に対する議論が深まらなかったと言えよう。原発の安全に関するマトモな議論が国会で行われたのは2006年であり、それまで40年間、この手の議論すら殆ど無かったのである。
2. チェルノブイリ事故のみが事故対策の基準になった為に、高い所まで上がって国境を越えて運ばれる放射性物質のみがIAEAで問題になったという歴史的経緯がある。この手の長距離の影響は観測で追うのは難しく、シミュレーションに頼る事になった。そういう数千キロスケールのシミュレーションを、そのまま数キロスケールの予想に使うという安直(地球科学からみたら非常識)な発想が原子力関係者にあった可能性が強い。要は、地球科学・惑星科学の素人である原子力関係者が、地球科学の分野であるダスト輸送の問題を考えた所にあり、それはそのまま原子力安全委員会の人選の問題に繋がる。原子力安全委員会を原子力・放射線の専門家で組む事自体に根本的な問題があり、今後は地球環境や地球科学、生態系の専門家を原子力の監視機構に入れて、かつ権限を持たせる事が必須であろう。


点検中の原発の再開の前に
 夏の需要ピークを前に、点検中の原発の再開が取り沙汰されている。だが、安全基準並びに、事故の時の為の対策が出来ないうちの再開なんかしたら、それこそ自殺行為だ。安全危険だけではない。日本の信頼が失墜して、国際的な風評被害を単に『風評だ』と反論出来なくなる。
 現在、原発の再開に向けて色々な動きがあるが、その再開条件の議論で『安全対策』だけが議論されていて、『事故対策』の視点がすっぽり抜けている。福島と同じ規模の事故があり得る事を前提にした上での事故対策を講ずる事が、原発の運営上で絶対の条件の筈なのにも関わらずである。避難体制や避難地の確保は勿論の事、上記のリアルタイムモニターを設置は、点検中原発の再稼働の為の最低限の条件ではないのか? しかるに、そのような話は全く聞かない。現在心配しているのは、この種のテクニカルな議論が、上記の『絶対反対』『なきゃ困る』の両極端の主張の前に無視される事である。同じ不毛を繰り返してはならない。




2011-4-30:初版
2011-11-26:一段落追加

山内正敏
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