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2008年8月5日の集中豪雨

山内正敏

 キルナは標高500mでしかも山に囲まれている丘陵地形なので、夏の時雨は非常に局地的(酷いときは半径1キロ)に降ります。その様子はアパートのベランダからでも簡単に見え、道路なんかでも数キロ毎に雨の痕と乾いたアスファルトの斑になっている事がしょっちゅうです。寒冷地(空気に含まれる水蒸気の絶対量が非常に小さい)ゆえに雨量はそう多くありませんが、これを日本に直すと、相当に極端な集中豪雨になる事が予想出来ます。こういう局所雨は山の常識であって、その原因が地形(局所化した上昇気流)にある事もまた常識です。雨を降らす原因こそ上空の寒気と中空の湿気の組み合わせ(上昇気流は常に起こっている)ですが、こういう寒気や湿気は大陸規模で移動する広範囲の気団であって、数キロレベルの局所化の原因には滅多になりません。だから、雨を局所化するのは上昇気流(とそこに含まれる湿気)の不均一性という事になります。

 去る8月5日に東京で今までに無い程に局所化した一点集中豪雨が起こりましたが、これも同じ事で、地上からの上昇気流(とそこに含まれる湿気)の不均一性が直接の原因という事になります。山との違いは、その局所上昇気流の原因が地形でなく都市化である事で、こういう事情は、地学を少しでもかじっている人間なら説明を聞くまでもなく分かるでしょう。もちろん、上空の寒気と中空の湿気のぶつかりが雨自体の前提ですが、問題になっているのはそれが局所化した事ですから、そうなると、原因は都市化としか言いようがありません。
 にも関わらず、これを(二酸化炭素による)地球温暖化と強引に結びつけようとする論調を新聞サイトで見かけたので、さすがに唖然としました。もちろん、湿気や寒気の気団が地球温暖化によって強まる可能性は(温暖化で寒気が強まるってのは変な話ですが)充分にあるので、それによって総雨量が増えるというのなら論理的に分かるのですが、ゲリラ豪雨の局所性は全然説明していません。要するにゲリラ豪雨を(都市化以外が原因の)地球温暖化と一次的に結びつける事が見当外れな訳です。まあ、それを何も知らないマスコミが勝手に書くぐらいならまだ大目に見れますが、そういう論調の記事に気象学の教授の名前まで出て来ると大いに問題があります。もう少し見識をもってマスコミの取材に応じて貰いたいものです。

 今回の例に限らず、日本の温度上昇とか日本の亜熱帯化の原因を地球温暖化に求める論調がここ数年増えていますが、これは責任転嫁も甚だしいといえましょう。日本の温度上昇の9割以上が都市化起源である事は昔からの常識で 気象庁のヒートアイランド関連の報告 にもあるとおりです。実際、日本の平均温度の上昇は世界平均の温度上昇を遥かに上回るペースで進んでおり、温度上昇の主要原因が別のところにある事を意味しています。
 都市化が原因と云う事は、日本の平均温度の上昇(特に猛暑)の原因が日本国内にあるという事であって、それを『世界』という名前で世界全体の問題にすり替えるのは、自らの罪(原因)から目を背ける事に他なりません。特に、昨今の『アメリカ=世界温暖化の主要原因』という情勢に於いては、結局の所『日本の猛暑はアメリカが悪い』という奇妙なロジックを作るきっかけになってしまうからです。つまり、日本の猛暑を世界温暖化に結びつけるのは、自国の努力不足のスケープゴートを他国に押し付けるもので、この論理構造は1930年代の経済に対するものとあまり変わりません。

 実は、猛暑に関してはもっと悪い可能性があって、それは都市化による温度上昇(ヒートアイランド)が地球温暖化に大きき効いている可能性です。この可能性はIPCCでは完全に無視されていて、何故かと云うと、それをシミュレートする方法がまだ見つかっていなくて単純に計算していないからです。なぜシミュレート出来ないかというと、それは微小スケールと大スケールとの相互作用の問題だからで、そういう全く違う空間スケールの現象の相互作用を地球規模で調べる事は、現在のスーパーコンピューターの能力を超えています。結果として、地球規模を気象学者が、都市レベルの微小規模を都市工学/気象庁関係者が住み分けて研究しているらしく(住み分けに関しては僕は『らしい』とまでしか云えません)、結果的にICPPのレポートに都市化の影響が入れられなかったという事になりました。
 もちろん、微小スケールと大スケールとの相互作用が無視出来るほど小さければ住み分けも構いませんが、これは極めて怪しいと云えます。というのも、僕のようにプラズマをやっている人間にとっては、微小スケールが大スケール変動を決める鍵である事は事実以上に常識だからです。そして、都市化による上昇気流が中規模範囲(〜100キロ)の温度、気圧、湿度を変える事は充分に予想される事で、それが数百キロスケールの前線などを通じて気圧配置を変えるシナリオはきちんと吟味しなければ分かりません。残念ながら、そういうシナリオは未だに誰も調べていないような様です。少なくとも学会発表のプログラムの題目を見る限りそうです。
 ちなみに、ヒートアイランドの主要原因はアスファルトジャングルとビルの乱立による太陽エネルギーの効率的な吸収+熱変換で、都市で発生する廃熱は都市化による温度上昇の1割しか寄与していません(上記の気象庁レポート)。つまり『都市のエネルギー消費なんて地球全体からみたら無視出来る量』という論理は通用しない訳ですが、少なくとも僕の知っている限り、ヒートアイランドについては、この通用しない論理で無視されています。そして、僕が一番気になるのは、こういう論理の元で『世界温暖化の原因国としての日本(のヒートアイランド)』が看過されて『日本の温暖化はアメリカが主要原因』という論理が歩き始める事です。

 最悪の場合、集中豪雨の被害の保証をアメリカに求めるなんて馬鹿な行動も有り得る訳で、アメリカの『なんでも訴訟』の風潮が日本に蔓延したら、こういう悪夢が現実にならないとも限りません。見当外れな新聞記事を読んで、ふと、そんな事を考えました。

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 注)上記の後半部分では、僕が最新知識を知らない可能性もありますから、これがきちんと調べられているのならばご教示頂けると有り難いです。