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椎茸、鉱山、雪、暖房、、、
by 山内正敏
キルナというと、普通の(と言ってもキルナの名前を知っているぐらいの)日本人は、鉄だの白夜だのオーロラだのトナカイだのアイスホテルだのを思い浮かべるであろうが(ああ、なんと貧弱な連想!)スウェーデン人から見たキルナの魅力はちょっと違う。まず山であり(スウェーデン最高峰がある)、スウェーデン最北端であり、北欧で唯一夏至にも開いている天然スキー場リクスグレンセンであり、世界で2番目に広い面積、北欧最大の Space Town (研究、宇宙産業、宇宙工科大学、ジャンボ用格納庫等々)、オゾン研究のメッカ…、と延々と続いて、過疎の町の癖によくもまあこれだけそろったものだと感心するのだが、何といっても意外なのはヨーロッパ最大の椎茸の産地という事である。
どういう訳か椎茸である。松茸ではない。実はスウェーデンにはやたら赤松が多く天然の松茸はたくさんあるらしいのだが、それは今まで見向きもされず、天然産の全くない椎茸が商売になってしまった。椎茸菌を日本から持ってきて、ついでに栽培のノウハウまでも日本産という奇妙な代物である。管理人はたったの一人で、日本の椎茸農家からみたらちゃちい規模だが、ヨーロッパ一位の生産量である事実は動かない。
椎茸栽培のきっかけは今から十数年前に札幌で開かれた第一回「北方都市会議」である。キルナからも十数名参加したが、お祭り騒ぎの会議だけではもの足らず「北海道から学べるものはないか」とばかり各自で捜した結果、一人は椎茸栽培を、一人は氷の家「イグルー」を、それぞれ学んで帰ってきた。近年世界的に有名になっているユッカスヤルビのアイスホテルはこれを真似て発展させたもので、今や元祖・石狩別の「氷職人」がアイスホテル建造にやってきているほど。どこかの国の議員先生・お役人の「視察」とはちょいと違う。ちなみに元祖の日本が頓挫したのは「ホテルとは」「建物とは**でなければならぬ」という法律の所為とか。規制規則法律国家が恨めしいとは氷職人の声である。
アイスホテルはさておき、その椎茸だが、これが日本のものと違って、香りも味も極めて薄い。日本人中国人にはとても椎茸とは言い難いが、そこは淡泊な白マッシュルームを食べる西洋人のこと、香りの「きつい」東洋産よりこっちを好む。かくて中国産の輸入椎茸より高値で取り引きされて経営はよい。高級品イメージが定着しているからだ。現にキルナの最高級レストランでは Shiitake-source をもって最高級料理のソースとする。
どこに育てるか? そこは、鉄鉱石なくしてキルナはありえず、キルナなくして鉄鉱石の歴史は語れないという街の事だ、鉱山の掘り捨てた廃坑の洞窟がいくらでもある。そこに小屋を立てて栽培しているのだ。
廃坑などという小さい所に小屋が立つ訳ない、などと思う方々よ、それは日本の炭坑の話にて、世界の鉱山の標準は全く違う。露天掘りに対抗できる地下採鉱となれば、機械化で勝負するしかないのだから、大型トラクターの入る洞窟を掘らなければ採算が合わないのだ。なんといっても日本の中学社会の教科書にも出て来る世界最大の地下鉱山だ、そんじゅそこらの鉱山とは訳が違う。かくて大きな洞窟が何十階にも掘られて、パソコンゲームの迷路ものなど足元にも寄せつけない迷宮を成す。ここまでの大迷宮となるとパソコン1個で処理できる筈がない。地下数百メートルのコントロールルームにはモニターとコンピューターが並び、○○工学博士、××地質博士たちが、そこから無人採掘機とベルトコンベアー・無人列車・エレベーター等を管理する。採掘機と言ってもタイヤだけで直径2メートルを超えて、一般道路なんぞとても通れない大きさだし、エレベーターと言っても鉄鉱石専用で、従業員はバスで洞窟を1時間近くかけて地下まで降りる。そして何より全てが電動である。こんなところでディーゼルなんぞ使った日には、排ガスが洞窟に立ち篭めて、それこそ健康に悪いのだ。とは言いつつ、最後に残ったディーゼル採掘機が電動式にとって代わったのは前世紀末で、バスに至っては普通の燃料だから、そこまで威張って良いものかどうかちょっと怪しいが、でもまあ、おそらくここが世界でもっともクリーンな鉱山に間違い無かろう。
ところで、キルナの写真を見た事のある人間なら、露天掘りの後が顕わな癖にどうして地下採鉱なんだ、って訝しがるに違いあるまい。その疑問は全く正しく、今から約40年前に景観を守る為に地下採鉱に切り替えたとか。手後れって気もするが、いや、なに、環境はこれ以上悪化させない事に意義がある。
鉄山の従業員は地下で働く。せめて、余暇ぐらいは外に出たい、という訳かどうか知らないが、スキーを滑り、スノー・スクーターで疾走する。鉱山の従業員でなくたってそうだ。かくして人口たった2万人余りの街にスクーターが8000台もそろう結果となる。1家に1台、多ければ数台持っているそのマシンが、大自然の雪の野原を走り回る訳だが、それが大都会の人々の勘に触るらしく、常に南北問題と称する軋轢がある。都会人いわく、自然を守れ、環境を守れ、だからスクーターなんて廃止してしまえ。なんて乱暴な議論だ。スクーターはおろか車すら持たない環境派の私が乱暴と言うのだから間違いない。だが、多数決では田舎は都会にかなわない。だから理でもって諭さなければならないが、どうも溝は大きいらしく、年々スクーターの利用制限が厳しくなって行く。都会人は、スクーターはモーターボートよりも悪いと信じているのだ。曰く、どちらも娯楽の為に、排ガスをまき散らす行為だが、水の上に跡は残らないが、雪の上の跡は春まで残る、と。だが、スクーターのお陰でラップランドの環境が守られているという事実を知っているのか大いに怪しい。環境保全には冷静さも必要なのだ。
キルナには道路すら無い集落が沢山ある。先住民サーミの村だ。中には一番近い道路まで 50km近く離れている村すらある。昔からある村なのに、未だに道路を引いていないのだ。電気も水道も電話もない。何となれば、一年の半分以上が雪に覆われるその期間、スノースクーターが使えるから道路が無くてもやっていける。つまるところ、スクーターのお陰で道路を作らずに済んでいる訳だ。道路を作るのと、道路の代わりのスクーターとでどちらが環境に悪いか一目瞭然だろう。現地の事情を知らずに頭の中だけで環境問題を議論すると、とんでもない誤解をしてしまうものである。寛大な妥協のつもりで「娯楽目的のスクーターを禁止すべきだ」などと言う人もいるが、それなら娯楽目的で車を使うのも禁止しなければ釣り合いが取れない。キルナにドライブを楽しめる道は数本だけ、南の道路ネットワークとドライブを楽しみを同じにされては困るのだ。人は娯楽なしでは生きて行けない。人が住まなくては土地は荒れる。生活を知らずして環境を語ることなかれ。
雪の孤村と来れば、昔話なら薪の世界だが、薪は今でも現役で、信頼度100%・自然度100%の暖房素材である。一体寒い地方は暖房の為にエネルギーを余分に使うとか、セントラルヒーティングはエネルギー的に贅沢だなどという言い掛かりがあるが、それはすきま風でエネルギー効率の悪い家の話、こっちの家は、そんなエネルギー不経済な代物では無い。電気に換算すればたった500Wで大抵の家は暖かい。しかもその暖房は街全体のセントラルヒーティングと来ている。街全体? そう訝しがる人なら環境問題でAが取れる。なんせ、そんな街は日本に無いからだ。しかしここは日本と違う。街全体のボイラーがあって、そこから街中に温水を送る。十年以上も前に張り巡らせた温水管システムは、京都条約にそっぽを向く某国大統領をも感心させたという御墨付きの熱効率で、ついでにボイラーはゴミ焼却場をも兼ねるという、2重丸、3重丸の環境優良暖房なのだ。夏に冷房で何百ワットも使う連中に後ろ指を指される事はありえまい。
ところで冷房暖房の不要な場所がキルナに一ヶ所ある。それはアイスホテルに非ず、そう、鉱山の掘り捨てた無数の洞窟である。年中気温が変わらないから椎茸管理に最高なのだ。そんな訳で椎茸はキルナでありキルナは椎茸である。
では松茸は?
実はスウェーデンには近年まで松茸なる概念がなかったらしい。松林に松特有のキノコが生えているのは知られていたが、格別おいしい訳でもない…味覚観の差もあろう…との事で、全くうっちゃられていたのである。ところが、DNA解析なる技術がキノコに応用されるに至って状況が一変した。つい数年前、日本の松茸とDNAがほとんど同じであると分かってしまったのだ。新聞で大々的に報道されたのは言うまでも無い。
ここで問題が生じた。北欧には自然享受権なるものがあり、誰でも自由に野山に入って自由に「個人で食べる」野イチゴやキノコを取ることが認められている。ここでいう野山とは公有地・私有地を問わない。これは『土地の私有は生産のため(例えば林業や農業)の便宜に過ぎず、付随する自然を楽しむ権利やそこを歩く権利等までを私有にしたわけではない』という、考えてみれば全く当り前の思想に基づくもの。だからこそ、自然に生える野苺や茸も「自然を楽しむ人々の共有財産」として自由に採れることになっている。ところがである。どうやって「個人の楽しみ」なのか「商売」なのかチェックするのだろう? そう、この権利を悪用して、人を雇って松茸を荒らす商売人が出てきてしまったのだ。そんなことをされてはあっという間に松茸が減ってしまう。しかも公有林ならいざしらず、私有の松林でそれをやられてはたまったものではない。
キルナにも松林は沢山ある。だが松茸取りは聞いた事が無い。私すら採った事がないのだ。白状すると、松茸なんぞあまり良くは知らない。もちろん日本の店頭で見たことはあるが、林に生えている
状態は知らないし、そのうえ、ここの林には色々な種類の茸が生えていて、それと松茸を判別するだけの知識を持たない。分かるのは(ここの誰もが取る)ハツ茸と、かの麗しき毒女王ベニ天狗茸だけ。豊富な茸の何種類かが毒キノコなので、これが全て判別出来るまでは恐くて松茸を取ることも出来ず、未だに松茸狩りをしようと思い立った事がない。かくてキルナの松茸は、たとい生えていたとしても人知れず生きている。そもそも美味しいハツ茸が豊富にあるから松茸なんかどうでも良いではないか。うそだと思ったら8月下旬のキルナに来てみて欲しい。キルナは茸の街なのだから。
written 2004-12-26 (在日スウェーデン大使館発行『ケアリング』誌・第7号掲載)
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入稿の直前にインド洋津波の報が入った。被害状況が明らかになるにつれ、史上最悪の津波被害である事が明らかになり、同時にスウェーデン人の犠牲者も自然災害としてはこの数十年で最悪のものになる事が分かってきた。正月8日の段階で、恐らくに被災したらしいスウェーデン人が700人近く。そのうち、遺体は52しか上がっていない。
休暇=太陽という公式を持つ欧州人にとって、アジアの南国リゾートは憧れの地だ。クリスマスも重なって欧米人の被災者が多数でた。現地人の被災については言うまでもない。
全ての犠牲者の冥福を祈ると共に、被災者全員にお見舞い及びお悔みの言葉を述べたい。餓えや伝染病などとの闘いは始まったばかりだ。
written 2005-1-8
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