[home]
=======================================
by 山内正敏


「荘子」冒頭文は次のように始まる。
    北の冥に魚あり、その名を鯤と為す。
    鯤の大きさ、それ幾千里なるや知れず。
    化けて鳥となり、その名を鵬と為す。
    鵬の羽渡し、それ幾千里なるや知れず。
    ふるいたちて飛べば、その翼は垂天の雲のごとし。
 別名を鳳凰とも天龍とも不死鳥ともいう大鵬金翅鳥は、緑の体に「赤気」を放ちながら、蒼天を背負って、南に向けて天駆ける。その巨大な羽は地平線から地平線へと東西に横切って地球を覆う。ああ、何と自由な姿、何と壮大な無意志…荘子の哲学を始めるに相応しい存在だ。
 大鵬は北の空に明るく輝くゆえに「北光」とも「極光」とも呼ばれる。英語のノーザン・ライト、スヱーデン語のノルシェン、ノルヱー語のノルドリュス、ロシア語のポリャルノイヤ・ヒヤニヤ、ドイツ語のポーラーリヒトは全てこの系統の呼び名だ。誤解のない呼び名かも知れないが、天龍の荒れ狂う偉大さは全然伝わらない。フィンランド語のレーボントゥーリ(狐火)に至っては言語道断の悪名と云えよう。そこで、この光の乱舞に魅せられた科学者やマニア(観光客)の間では、ギリシャ神話の女神に名を借りた「オーロラ」が定着する。龍、大鵬、鳳凰、赤気、白気、フェニックス、奇星、天狗、天界の旗・織・矢、いずれもオーロラの古称だ。
 もっとも、いかに美しかろうとも、日常茶飯事に見ている人間にとっては夕焼けや虹と同類に過ぎない訳で、その事情がオーロラの呼び名に表れていよう。我々のように大騒ぎするほうが確かにおかしいのかも知れない。だから、オーロラ観光客に対する地元民の印象は「物好き」の一言に尽きる。でも、それでも、オーロラは良い。私はフェアバンクスとキルナと合わせて既に13冬も見続けてきたが、この美しさばかりはいくら見ても飽きない。夕焼けや虹より格が上だと思う。
 オーロラは地球規模の現象だから、オーロラ帯と呼ばれる緯度(地磁気を考慮した緯度での南北緯65−70度)なら、地球上のどこで見ても(アラスカでも北カナダでも北欧でも)その形態に変わりはない。だが、観光客にとって何処が良いかとなると話は変わる。オーロラ発生頻度の他に、交通の便や滞在の便、身の安全、天気、気温、背景の景色、オーロラ以外のアトラクション等が関わって来るからだ。やみくもに北に行けば良い訳ではない。一番簡単な選択法は、各国で一番大きなオーロラ観測施設 (国立研究所)のある町を選ぶ事だろう。スヱーデンではキルナ、アラスカだとフェアバンクス、グリーンランドならソンドラ・ストレムがそれぞれ拠点である。オーロラの発生率だけ見ればノルヱーのアンドーヤが良いが、メキシコ湾流の影響で冬はいつも天気が悪く、実際に地上でオーロラを見る確率はスカンジナビア山脈の風下側(スヱーデン)に遙かに劣る。アイスランドに至っては更にひどくて、オーロラは常に雲に遮られる。
 いかに地球規模の現象といえども、高さが百キロ余りしかないので、僅かの緯度差で見えかたが全然違う。例えばキルナの頭上で色付いて見えても、隣町エリバレ(百キロ南)では斜め上空の白い筋に過ぎないし、三百キロ南のルーリオとなると絶望的だ。更に、地磁気の関係で、同じ緯度でもフィンランド側はオーロラ条件が悪くなる。だからキルナで北の空に見えていても、そのオーロラはサンタの町ロバニエーミではまずもって見えない。

 よく、ミーハーな観光客が、せっかく見事なオーロラが出ていたのに、翌日になって「オーロラが出なかった」と悔しがる事がある。これにはいくつか理由がある。
 (1)  正しい時間帯に外に出ていない。
 (2)  1時間に1度しか外を見ていない。
 (3)  街頭の明るいところで空を見上げている。
 (4)  空の半分しかチェックしていない。
 (5)  オーロラと雲とを見間違えている。
ひどい例では、私が「今日はオーロラが比較的早い時間に出るよ」と連日警告し、その通りの見事なオーロラがいつも出ていたのに、上記の理由で見損なって「彼の予報は当たらない」と陰口を叩いた馬鹿な交換留学生もいた程だから、ましてやオーロラ観光客の「出なかった」と云う嘆きは決して信用ならない。
 このような失敗を防ぐためにも、オーロラの一般的な形態を知っている方が良い。むろん例外も多いが、一般例を知っていて損はない。
 普通、夕方まず北の空に雲と見まごう一本の白筋が東西に横たわって現れる。キルナやフェアバンクスの緯度だと北の地平線近くに見える事が多いが、時には真上とか南の空に現れることもある。同じオーロラでも頭上だと緑っぽく見え、迫力もまるで違う。
 出ているのはそれだけではない。郊外の暗闇でないと見えないが、ぼんやりとした薄明かりが、筋オーロラの南側をあっちにこっちに広々と覆う。この継ぎはぎだらけのオーロラ(専門語は Diffuse オーロラ)は、一見、天の川にそっくりだ。だが、よく見ると、少しずつながらも刻々と変形していくので、天の川を知らない人間でも「違う」という事ぐらいはわかる。これがオーロラ活動の初期である。焚き火に例えるなら、まだ火もつかず、薪をくべている状態と言えよう。この時、もし北端の筋オーロラの上でなんらかの活動が西から東へと動いているのが見えたら、30分〜1時間以内にもっと大きな活動が起こることが期待できるから、そのまま外で我慢してこの「雲のような」オーロラを見続けるのが良い。
 しばらく待っていると、やがて筋オーロラの南側のぼんやり明るい領域(= Diffuse オーロラ)に別の筋が見えてくる。こうなったらしめたもので、部屋の中に入ってはいけない。焚き付けが燃え始めた状態だからだ。いつ、爆発が来るとも分からない。但し素人目には相変わらず雲の延長のように見えるだろうし、よしんばオーロラと分かっても、それを既に始めから30分も見ていたとすれば、動きが少ないだけに、寒気の中に突っ立っていることに飽きてしまって部屋の中に入ってしまう例が多い。惜しい話だ。これで、翌日になって「出なかった」とか「大したものではなかった」と言われては、オーロラも浮かばれまい。
 やがて、南側の筋オーロラの動きが早くなる。そう気付くが早いや、その矢先に一番美しい「爆発」が突然やってくる。これを見た観光客は間違いなく感激して帰途に就くだろう。もはや旅費は決して高いものではない。
 この「爆発」は時間帯によって形態が違う。夕方の早い時間なら東の方から爆発のうねりがやってくる。真夜中近くだと頭上で爆発する。いずれも全天を覆う規模で、目がいくつあっても見尽くす事が出来ない。深夜を過ぎるとやや小さめのうねりが西からやってくる。どれも形態が少しずつ違うので面白い。ここで真夜中と書いたが、これは地磁気によって定義したものであって、フェアバンクスでは午前2時頃だが、キルナだと午後10時頃となる。
 爆発の時間はせいぜい5分である。それに至るまでの筋オーロラの状態(30分〜2時間)に比べると遥かに短い。それで、上記(2)の理由でこのクライマックスを見逃す観光客があとを絶えない。せっかく大金を払って来ているのだから、せめて30分に一度は空を見上げて、雲と見まごう白い筋を捜して貰いたい。
 爆発のあと余韻が10分ほど続くが、最早そこまで明るくはない。でも動きは結構あるので、大概の観光客が満足する。この「余韻」のあと、たまに点滅オーロラ(専門語は脈動オーロラ)やΩ状オーロラ(専門語はΩバンド)が見られる事がある。これは地磁気深夜過ぎに限る。フェアバンクスだと午前2〜3時過ぎだが、キルナでは早ければ夜10時過ぎに見られる。つまり、この町では夜更かしせずにオーロラの全形態を見ることが出来るという訳だ。キルナならではの贅沢と言えよう。
 残り火が消えた後に、依然として白い筋(西から東に動く筋)が北空に残る事もある。これは、次の爆発がまたも20分〜1時間後に起こる可能性を示している。こんな夜はきっと何度も爆発が来るだろうから、テントを張るか或いは車の中に籠っているのが良い。私の好みは山小屋に泊まって窓の中からずっと外を見張る事だが、いつも出来る訳ではない。
 オーロラの出る時刻や時間はその大きさによって違う。馬鹿でかい奴ともなると、夕方かなり早い時刻にいきなり2番目の筋オーロラが明々と天空を照らし、そのまま爆発する。この繰り返しがしばらく続いた後、やがて全てが南の地平線の彼方に逃げ、深夜近くは却って何も見えない。キルナだと、午後4時ぐらいに始まり8時頃には視界から消えてしまう。この場合、後日「スウェーデン中部(1000km近く南)で見事なオーロラが出た」という報に接するのが普通だ。
 オーロラ活動を支えている大もとは太陽面の爆発および太陽の自転(27日周期)である。爆発に基づくオーロラは数日の周期で、太陽自転に基づくオーロラ活動は1〜2週間周期で、それぞれ活発になったり静かになったりする。だから、数日続けて大きなオーロラが出たかと思うと、今度は数日続けて全然出なかったりする。故に、オーロラ旅行を計画するなら最低1週間近く滞在するつもりでなければならない。

 殆どの日本語オーロラ観光案内書に書いてある間違いに「1〜3月が良く出る」というのがある。
 専門家の定義によるオーロラ(大小すべてひっくるめたもの)は基本的には季節に関係なく毎日のように出ている。ただ、大抵は慣れた目で見ないと分らないだろうし、よしんば分っても観光客を満足させるには至るまい。一般人が野次馬的に楽しめるオーロラは、ある程度大きなものに決まっている。雲なのかオーロラなのか分らないような奴では話にならない。オーロラは南北両半球間の共鳴現象なので、南北両極の状態の等しい春分秋分が大きい。従って観光客の要求に答え得る「まとも」なオーロラの出る確率も春分秋分の方が高い。比して真冬の12月1月だと「良い」オーロラに遭遇する率はやや落ちる。但しその差は小さいので、こんな事より天気(曇っていては話にならない)や気温(余りに寒くては長時間外に立っていられない)の方が観光客には大切である。この半年周期の変化以外に11年周期の変化もある。これは太陽面の活動(例えば黒点の数)の11年周期に由来し、次回のピークは2000〜2002年だが、これにしても大騒ぎする程の差があるわけではない。科学者にとっての「大差」は、観光客にとっては大抵無意味なものだ。
 フェアバンクスにしろキルナにしろ、天気が安定するのは春先(3月〜4月)である。比して年末年始は天気が悪い上に寒い。あと、秋分近くも悪くはない。快晴こそ少ないが、晴れた夜は多い。9月上旬ともなれば紅葉・雪なし・小春日和なので、長時間外で粘る事が出来る。だから、もしも「極北の冬」だの「雪と氷の世界」だのに拘わらなければ、秋のほうがかえって観光客向けだろう。秋は写真撮影にも良い。実際、私の撮ったオーロラの写真で良く出来たものは9月に多い。つまるところ、キルナ(北緯68度)で9月1日〜4月10日、フェアバンクス(北緯65度)で8月20日〜4月20日のオーロラ・シーズンのうち、その冒頭と最後が観光客には良いという事になろう。言うまでも無いことだが、夏は白夜で空が暗くならないから星もオーロラも見えない。
 極北では毎冬1〜2ヶ月の雨季(雪季)がやってくる。ただし、その時期は日本の梅雨と違って一定しない。梅雨の気圧配置を決めるのが、太陽の回帰のような確実なものではなくて、ジェット気流の形のような不安定なものだからだ。唯一はっきりしているのは、太陽の弱い10月から2月の間のどこか一ヶ月(または二ヶ月)が雨季になるという事。でも、その時期が分からない。ひどい年だと、3月4月にずれ込んだ梅雨がオーロラ研究者を嘆かせる。要するに殆ど運の世界だ。しかし対策が無い訳ではない。というのも、キルナとフェアバンクスは天気に関して逆位相の関係にあって、どちらかが梅雨だと、もう一方は快晴厳寒という事になりやすいからだ。従って、梅雨に会わないようにするには、出発の2・3週間前に気象学者に相談して、アラスカにするか北欧にするか決めるのが良い。

 オーロラ以外のアトラクションだが、これにはキルナだけでしか楽しめないものがある。その代表に、1月中旬から2月上旬にかけて出る真珠雲がある。緑っぽい7色に輝くこの雲は、地形の関係で北極圏でもキルナ近辺でしか見られない。だから、この雲を調べる為に世界中から研究者がこの町に集まっている。
 もう一つのお勧めは山ホテルに泊まる事だ。例えば、キルナの西60キロの集落ニカロクタから雪上車ないしスキーで20キロ入ったところにあるケブネカイゼ山荘は、日本のガイドブックにこそ載っていないが、北欧では最も有名な山ホテルである。居住性は並みのホテルに落ちるが、その分自然を楽しむには絶好といえよう。
 キルナの北西90キロのアビスコ国立公園も見逃がせない。ここは特殊地形のために天気が良く、スヱーデンで一番降水量が少ない。周囲十キロ以上がどこも吹雪ですら、ここだけ晴天になる事があり、オーロラの研究所をここに作るべきだったという話もあるくらいだ。今は代わりにオーロラ自動観測所が設置されている。セールス・ポイントはオーロラだけではない。キルナとナルビクの中間点という交通の便に加え、殆ど全ての野外活動が楽しめるのが強みだ。当然ながら、ちゃんと山ホテルもある。そこにはスキー・釣具等、各種レンタルもそろっているし、ガイド付きスキー・ツアー(日帰り〜1週間)の企画まである。足に自信があれば、天気の良い日を選んでそこから10km余り奥に入った山小屋まで泊まりがけで行くのが魅力的だ。
 もっとアクティブな方なら、アビスコ⇔ニカロクタの自然歩道110キロを歩くなりスキーで滑るなりして、宿泊の山小屋からオーロラを楽しむのがベストだろう。これは世界最大の「山小屋完備・自然歩道」で、スヱーデンどころかヨーロッパ全体から人々がやってきて、自然度100%の休暇を満 喫している。

 電気すら通じていない広々としたU字谷の底から北斗星のまわりを走り回るオーロラを見たならば、ある簡単な事実を今更ながらに思い出すだろう。
     …自然現象は自然の中にあってこそ美しく映える…

                       1993年10月初校(1998年3月改訂) 山内正敏

*****************************************************************
今回入れなかった項目

(1)写真の撮りかた
  *星の写真が撮れれば、それより明るいオーロラの写真は撮れる。
  *フィルムによってでき上がりの色が違う。
  *安い現像と高い現像とで全然でき上がりが違う。
  *真っ暗なところを捜すべき。
  *大きさの比較が出来る対象物を背景に入れるほうがよい。
(2)赤オーロラだけは非常に珍しいので伝説が生まれる。
(3)オーロラの光
  *ろうそく(化学反応)、白熱電球(熱)、蛍光灯(原子レベルの衝突)の3種類の光のうち、オーロラは最後の原理で光る。
  *具体的には上空遥か彼方から降り込んできた電子が大気に衝突して、その大気が光を出す。
  *大気の成分や電子のエネルギーによって色が違う。
  *巨大な蛍光灯(ネオン管)なので膨大な電流が流れる。
  *この電流の起こす誘導電流で送電線や通信線にも異常電流が流れ、昔は停電の原因にもなった。
(4)なぜ、我々はオーロラを研究するのか。
  *きれいだから。
(5)観光コースとしてのおすすめ。
  *キルナから汽車と船でローフォーテンに行って、そこから飛行機で帰るというコースが一番。ただし、日本の旅行会社で予約すると少し値が張るので、パックで行くなら新婚旅行にお勧め。
(6)なぜ、アビスコ主催のツアーや研究所でのオーロラガイドが日本の旅行社で紹介されていないのか。これは日本とドイツだけに課せられている「ツアーの保証」という制度による。つまり、旅行社は宣伝した内容の一部がキャンセルになっただけでペナルティを払わねばならないなど、リスク(責任)が大きい。そのリスクまで含めた値段設定をすると、確実性の劣るものは商売にならず、結局「現地で勝手にやってください」ということになる。この場合の「宣伝」は単に口に出すだけの事も含む。
(7)なぜパックツアーは高いのか。それは、上記のようなリスクを減らす為には事前調査が必要で、特にマイナーな観光地ほどこれが高くつく。要するに保健料のようなもので、仕方ない。