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メフィストフェレスの再挑戦

 メフィストフェレスは不満だった。というのも、
「ファウスト博士(注1)の正統な後継者の魂を奪うまで地獄に戻ってはならぬ」
と、上司にきつく言われたからだ。

 悪魔界の規則をそのままメフィストに当てはめれば、確かに
『ファウスト博士の助手として博士に尽くしながら、博士の魂を取り損ねた』
という事実のみが残る。しかも取り損ねたのは歴史上希に見る偉大な魂だ。それは悪魔界追放クラスの大失態には違いない。これが『客観』事実だ。
「だが、、、」
と、メフィストは頭を振った。百歩譲って博士の魂を取り損ねた事を失態と認めたとしても、学者馬鹿の博士をそそのかせて、地上に『失政』という人類最悪の悪事を広めた功績は、魂の1個2個に比べべられないほど悪魔界に貢献している筈ではないか? 悪魔とは、本来の目的を遂行すれば、見かけ上で人間を助けても構わない筈ではないか?
 実際、彼は博士の助手として、博士が数々の犯罪に手を染めるようにお膳立てした。手始めは、博士を格好よい若者に仕立てて純情グレートフェンを誘惑し、乙女として最悪の犯罪と母親としての最悪の犯罪を彼女に犯させ、つづいて博士をシンクタンクに仕立ててヘッジファンドも真っ青になるような超バブルを創出し、その挙げ句にバブル政策が国民生活を圧迫して国民や被害小国が批判を始めると彼らを武力で弾圧した。更には偉大なる古代ギリシャの歴史すらをも博士の都合の良いように書き換えたのだから、その「悪の功績」ときたら、某大統領と某政党と某総統と某軍部を足し合わせたよりも大きい筈である。ファウスト博士ほど、善を盲目的に望んで結果的に悪の手先になった者はかつて無かったろう。もちろん、人間誰しも、善をやっているつもりが、結果的に誰かの迷惑になる場合があるが、ファウスト博士のそれは、歴史に類を見ないスケールであった。
「全て俺の功績じゃないか!」
と。地上に追放されたメフィストは毒づいた。
 しかし、悪魔界の官僚共は人間界の小役人共なみに杓子定規だった。高級官僚のメフィストフェレスは失敗者の烙印を押され、彼は上司や同僚をのろった。

 彼がとりわけ不満だったのは、悪の仕上げとも言える海洋破壊を全く評価して貰えなかったことだ。上司も同僚も
『干拓のような善事を評価する悪魔が何処におる?』
との一言の元にメフィストの釈明を却下した。彼はこの言葉をもって、悪魔も人間並みに馬鹿だと悟った。人類の罪悪の中でも最大級の罪悪が地球環境破壊である事は論を待たない。戦争は人間だけを滅ぼすが、地球破壊は人間以外をも滅ぼす。正に究極の最終兵器である。そして、その象徴たる海洋破壊は、人類史においては干拓「公共」事業と言う名の元に始まり、それが契機となって人類は環境を弄くる事を始めたのだ。この干拓を最初に手掛けたのが他ならぬファウスト博士とメフィストのコンビであった。
 地球滅亡に向けた壮大な構想。メフィストはこれを思いついた時、鼻高々であった。だが、彼の高い鷲鼻は現実という重みにへし曲げられた。誰もが干拓を善と信じ、環境破壊の延長として考える者が無かったからだ。そもそも、環境破壊自体の弊害が認識されたのですら20世紀も後半になっての事で、それも、ごく一部の人間しか警鐘しなかった程だ。それは悪魔界もそうであろう。いくら聡明なるメフィストが干拓の真理を説得したところで、それは、誰にも認めて貰えない孤独を彼に味わさせるだけの事だった。どんなに先見の明があっても、悪魔界を追放されては意味が無い。
 干拓に限らず、彼が博士をそそのかせて始めたマクロ罪の数々は、悪魔界においては悪事としてでなく善事としてしか看做されなかった。超バブルにしろ、それに続く戦争弾圧にしろ、
『人々を取りあえず安心させた』『共産主義化を防いだ』
という理由で、悪魔界では決して悪行とは認められなかった。そして、それらの「善」認定が故に、メフィストは博士の魂を取り逃した事を厳しく糾弾されたのである。
 しかし、事実は逆であった。メフィストは博士の魂を半ばわざと取り逃したのだ・・・悪行を蔓延らせる為に。というのも、
「どんな悪行を実際に行おうとも、本人が理念を追い続けた結果の過ちである限り、その魂は反省なしに救われる」
という前例を作る事により、この「悪事容認」主義は新興宗教として蔓延するに違いなかったからだ。実際の歴史もそのように進むのだから、メフィストのこの判断は干拓事業以上に悪魔界に賞賛されてしかるべきだろう。理想が高ければ高いほど、感覚が常識から外れて、理想の達成の為に残虐なことを敢えてする。それが人間だ。ところが、肝心かなめの悪行を悪行として誰も認めようとしない。これでは、いくらメフィストがその先見の明で持って悪事推奨の種を蒔いたと主張しても無駄であろう。メフィストは悪魔界の構造改革の必要を痛切に感じた。

 悪魔界の決定がどんなに理不尽であれ、メフィストフェレスはそれに従うしか無い。だから彼は何百年ものあいだ、ファウスト博士の後継者に相応しい魂を探し求めていた。

 ファウスト博士の正統な後継者とは、哲学・医学・法学・天文学・卜学に関する広い知識を極めながらも、なおも
「学問を極める以前と比べて、自分は全く利口になっていない」
と不満を感じ、常に向上心・挑戦心を失わない者である。不幸にして、そういう博士はざらにはいなかった。もちろん、数多くの博士が常に向上心・挑戦心を失わないという条件を満たしていたが、学問を極めた後に「全く利口になっていない」と謙虚な事を思うかとなると別だ。というのも、大発見を成し遂げるような博士は、口で何と言おうとも、心の奥底では「人類はより賢くなった」と発見の度に自惚れるからである。でなくば、ノーベル賞を辞退する科学者がいない筈がない。かつてノーベル賞を辞退したのは哲学者サルトル(注2)だけだ。
 もっともサルトル相手ではメフィストも手が出せなかった。確かに彼はファウストの後継者たるに相応しく、哲学を極めるばかりか新しい哲学「実存主義」をも創始し、それにも関わらず常に向上心・挑戦心を持ち続けた男だ。しかし、同時に結婚すら「2年間の契約結婚」などという奇妙な契約をするような者でもある。彼相手の契約では、悪魔すらほぞを咬むような、とんでもない罠があるに決まっていた。

 そういうメフィストフェレスの努力もついに実る時がきた。そう、ついに見つけたのである。博士でありながら、自らの知識を全く未熟と思い、いよいよ新しい挑戦を始めている者を。

 探し疲れて昼寝をしているうちに数十年の時が流れ、メフィストが気がついた時には世の中は博士に溢れていた。それも当然だろう。アメリカに始まった博士量産計画は、今や日本やヨーロッパをも覆い、毎年の新博士の数は15年毎に倍増している(注3)。もっとも、質量保存の法則によれば、博士の数が増えれば博士の質が落ちる訳で、今の博士は30年前の修士程度の価値しかなく、60年前の学士程度の価値しか無いと噂されているが、新時代に疎いメフィストは、そういう細かい事情には没交渉だった。そもそも、中世の博士観を引きずっている悪魔にとっては、どんな者も博士は博士だ。
 メフィストをとりわけ驚かせたのは、博士の多くが「自分は全く利口になっていない」と嘆いている姿だった。もちろん、博士号を取得して直ぐに就職出来るような優秀な者は、決して博士課程を通して「全く利口になっていない」とは思わないだろう。しかし、世の中はそういう博士ばかりではない。アカデミズムへの就職のチャンスの全くない博士というのも少なからず居るのであって、そういう連中の多くは、得てして、修士で就職出来なかった故に博士課程に止むなく残った「就職モラトリアム」であり、だからこそ就職出来ない事に「自分は全く利口になっていない」と嘆のだ。ただし、そういう事情を、メフィストが知る由も無い。嘆き=謙虚というのが彼の知っている唯一の公式だった。
 そういう「謙虚な」博士の中から、哲学・医学・法学・天文学・卜学に関する広い知識を有し、しかも新しい人生に挑戦する者をメフィストは探し始めた。後者に関しては易しい。というのも、博士の数が増える事によって急速に増大した博士フリーターの多くが、最終的に学術・研究・教育とは全く関係ない仕事に就かざるを得ないからだ。新博士毎年1万6千人という数字は、同世代人口の1%を遥かに越える。そして、医学の分野を除けば、新博士の半数近くが事実上のフリーターだ(注4)。満員電車を例に取れば、各車両に1〜2人の博士がいて、電車全体で数人の博士フリーターがいる勘定になる。犬も歩けば・・・というのはこの事であり、メフィストが問題としなければならないのは、前者の「広い知識を有する」という条件だけだった。
 そういう博士を求めてメフィストが異空間をさまよっていると、とある部屋に博士を見つけた。そこには、哲学・医学・法学・天文学・卜学に留まらず更に幅広い分野の書籍、しかも表紙から読める限り、法律の抜け道など、その道のプロでないと分からないような題目の書籍が並んでいた。更には、医薬品はおろか健康食品や文明の最新の利器まで揃えている。かくも密度の高いこじんまりした部屋の中にあって、その博士は椅子を暖める暇もなく、常に人間観察を怠らずに立ち働いているのだ・・・深夜にも関わらず。これほど手広い分野を一手に引き受ける「博士」の存在はメフィストには新鮮な驚きであった。あとは契約するだけ、彼はそう思って策を巡らせた・・・。

 コンビニ店員の更に助手という境遇に陥った初代メフィストフェレスが、契約相手の「博士」の魂を地獄に持ち帰る事が出来るかどうかは、誰にも分かるまい。だが、その魂を持ち帰った所で彼の名誉が回復され得ない事だけは確かだった。

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注1) ゲーテの『ファウスト』に基づく。ファウスト博士は学者馬鹿ゆえに悪魔に魅入られ、悪魔を前にいい気になって己の理想を演奏しているうちに破滅が近づく・・・破滅直前には3人の警告者まで現れて彼に目を覚まさせようとするが失敗・・・が、結局は天国に安住する。だから物語構造は何処かの琵琶弾きとなんら変わらない。死の直前にファウスト博士が実際に失明する下りは、学者馬鹿の、現実の善悪に対する盲目を象徴しているのかも知れない。なお、『ファウスト』のあらすじは ネット百科 等で読めるが、あらすじなぞ見ずに全訳を読んだ方が遥かに面白い。
注2) Jean-Paul Charles Aymard Sartre (1905-1980)。フランスの哲学者で実存主義の事実上の創始者。1964年にノーベル文学賞に選ばれた時、「神格化されるには値しない」と言って辞退した。
注3) 新規博士の数は、1885年〜1960年の累計9万、1965年度4千人、1985年度8千人、2000年度1万6千人(文部省の資料に依る)。この数字は米国の2万2千に比べると、総人口比でも総研究費比でも大学教官総数比でも遥かに多い。すなわち、日本程博士を安売りしている国がない、という事実が浮かび上がる。ちなみに、大学の先生は総数で16万人だから、新博士の3割以下しか大学には就職出来ない。
注4) 科学技術白書2006年版 (第2部の第2章)によると、医学博士以外の博士の5割が博士号取得時点で職が決まっていない、全く関係ない職業(家事手伝いとか)についている者も多く、1割に至っては行方不明である。

written 2007-5-27
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