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リハビリ記録その78

2009-5-3
山内正敏

 ここ数日、真夏(15度)並みの好天が続いて、アスファルトのみならず芝生も露になっています。もっとも、道路は冬の滑り止めの砂利が乾燥して、却って滑倒の危険が高くなっているので、砂利の少ない限られたコースだけを歩く毎日です。

 アスファルト面が増えるに従って距離の延びた全力歩行の速度は、平地は昨秋と横ばいでしたが、坂道がかなり(急坂で2割ほど)速くなっていました。冬の間、膝バンド無しで外出したお陰で膝を支える筋肉が強くなった様です。実際、昨年までは膝のすぐ上の筋肉が全然無かったのが、今は骨の外側に肉があるのを感じます。こんな事と分かっていれば、昨年きちんと膝回りを太さを測定しておけば良かったと後悔しました。もっとも、その更に上部の筋肉も昨年より増えている(だから上肢は下すぼみになったまま)ので、この分だと、今年から来年にかけても筋肉がつく筈なので、遅ればせながら、ようやく膝のすぐ上の一番細い所の周囲を先日測りました。36.5cmです。
 歩行訓練では、 膝バンド無しの松葉杖 で初めて外を歩きました。廊下と違って坂や凸凹がありますが、それでも最大4%の坂を含む1キロ余りを1時間20分で歩いています。今年の夏の目標が膝バンド無しの松葉杖での坂道昇降だったので、いきなり少し出来てちょっと肩すかしですが、最低3点を確保する(杖2個と足2つのうち3つが地面に常時ついている)歩き方しかしていないので、廊下の様に2〜3点確保で歩けるようになるまでは、目標達成とは言えません。距離も一応2キロが目標です。
 筋肉が多少でも戻ると、その筋肉を使う訓練の後には筋肉痛を感じるようになりますが、その際の筋肉痛の残り方に面白い事に気付きました。より多く復活した方が長時間筋肉痛を感じるという事です。例えば上肢の筋肉の回復は膝に近い下部と腰に近い上部で全然違いますが、下部は歩いた直後に疲れが来て、一晩経つと何も感じなくなるのに、上部は疲れが後から来て翌日に残る感じになります。もしかすると、これは筋肉の回復とともに感覚神経が増強されている事を意味しているのかも知れません。ギランバレーではもっぱら運動神経だけが麻痺して感覚神経はほぼ正常なままですが、それでも感覚神経がまったく無事な訳ではなく、例えば掌の痺れは日常的に感じていますが、その感覚神経の回復も筋肉の回復と関係あるらしいと言う事です。筋肉と共に神経も回復するって言うのは頷ける話でしょう。更に云えば、感覚神経が回復しているなら、運動神経も回復しつつあると予想されます。この回復が膝を越えて下肢まで進むかどうかにも興味がありますが、こっちの方は分かるのにあと数年かかりそうです。
 歩行以外では床運動で膝立ちのまま体を横に倒す訓練と、仰向けで足を曲げて、下肢だけを持ち上げる訓練を加えました。プール訓練では、水深110cmで素早い膝屈伸を始めた他、水深35cmでの四つん這い屈伸の後に、片足ずつ水深50cmに動かしては戻す訓練も始めています。腰をあげた状態なので、事実上、水の外でやっているのと変わりません。

 さて、昨年までしょっちゅうトラブルや課題を報告していた介護状況ですが、12月に民間(事務スタッフ2人の小所帯)に移って以来、非常に快調で、特に書くべき事がありません。従って、当分は今の態勢を続けます。スタッフが少なくて、意思決定が簡単なのが民間の強みでしょう。逆に言えば、全国組織になると民間でも縦割りの弊害が出て来るのではないかと思います。もっとも、介護時間を更に減らす予定の来年には色々と面倒な事もあるかも知れません。
 介護と云えば、気の早い話ですが、来年10月の日本行きの介護をどうするかも考え始めなければなりません。実は研究所の元所長が再来年春に停年退官(こちらは67歳の誕生日前なら61歳以降いつでも辞められる)を迎えるので、その前にという事で惑星会議を開く事になったのですが、いつもキルナで開くのでは芸がないし参加者にも可哀想なので、諸般の事情を考慮して北大の教授に会議の開催をお願いする事になりました。私も北大とキルナの連絡係という形で この会議 (10月4〜8日)に本格的に関わる事になります。もともと来年は日本に行く予定でしたが、札幌という予定ではなかったので、その後の日本滞在を含めて旅程が複雑になってきました。前回見たいなギランバレー再発騒ぎはこりごりなので、日本は札幌の他は一都市だけになります。
 日本行きとなると、介護のアレンジとかも考えなければなりません。問題は、ストックホルムと日本の間をどうするかです。現時点では、まだ一人でトイレに行けないし(正確にはズボン等の上げ下ろしが出来ない)、飛行機の中で自力でトイレに行くのも厳しいのですが、といって介護を日本に連れて行くと、却って私が介護の面倒を見なければならないので、これもやりたくありません。
 とにかく来年までは時間があります。それまでには、介護以外の誰かの付き添いで済むようになるのでは無いかと期待するのですが、誰かの付き添いという事は、即、同僚の日程に行き帰りとも合わせなければならない事を意味しているし、更に日本の乗り換え空港(吊古屋が有力)では介護が欲しいですから、そこでの現地介護のアレンジの問題も出て来て、話は簡単ではありません。そんな訳で、予定は全て空白のままです。でも、今の段階で会議の日程が決まったのは有り難い話で、これからゆっくり計画を練ります。

 最後は臨時介護と上況の関係の話です。
 キルナは鉱山の街なので、金融危機に始まる上況の影響をもろに浴びています。昨年一昨年と大利益をあげた国営株式会社のキルナ鉄山(法人税の類いは一切キルナ市に落ちて来ないという理上尽な鉱山で、大好況だったのにキルナ市は金が無かった)では、今年は夏の間2ヶ月間操業を止めてしまいます。その煽りを食うのが、夏の2ヶ月のアルバイトで学資その他を稼ぐ高校生や新卒業生や帰省学生で、今年の夏は学生にとって氷河よりも寒いバイト状況の様です。
 その一方で、現在の介護3人のうち、ハーフタイムで来ている2人は、しっかりフルタイムの夏臨時の仕事(老人ホームとスーパー)を手に入れて、生活費(並びに将来の学費)稼ぎをします。採用する側としては、昨夏のうちに要領を掴んだバイトが有り難いのが言うまでもなく、その結果、玉突きのように私も夏臨時(ハーフタイム1人)が必要となりました。一方で、 昨夏の超スポーツ介護 は当てにしていた鉱山バイトが消えてしまって、もしかすると彼女(今夏高校を卒業)が今夏も私の所にくるかも知れません。私は良いのですが、割を食ったのは雇用者の介護アレンジ事務所で、なんでも夏臨時として私の介護に目を付けていたのだそうです。氷河よりも寒いバイト状況でも、何故か介護(時給は年金込みで1500円以上)は成り手が少ないらしく、どこの国も同じかも知れないと思いました。
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