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リハビリ記録その59

2007-10-7
山内正敏

 8月下旬から9月上旬にかけて早めの雪の降ったキルナも、その後は持ち直して、今日も雪の代わりに雨が降っています。

 9月末は6泊7日でフランスに行って来ました。昨年の海外出張が車で行ける所だったので、飛行機による海外旅行は2年前の日本行き以来になります。
 場所はボルドーの真西100キロ弱(車で1時間)の大西洋沿岸のアルカッションという小さな街で、保養地であるとともに、街の面する湾はフランス最大の牡蠣の産地として知られています。同じヨーロッパと云っても、片道14時間、帰りに至っては接続の関係で途中でストックホルムに1泊しなければならないもので、けっこう大掛かりな旅行である上、言語が全然通じないとあって、日本行きとは別の意味で新しい経験でした。

 今回、準備段階で問題になったのは、トイレもさることながら、現地介護を探す事でした。今年1月1日から施行された新しい労働時間規則により、介護が一人では済まなくなったからです。
 3月(リハビリ記録その52)と昨年11月(リハビリ記録その48)に書いた通り、EUでは
『職種に関係なく、出張中はどうかに関係なく、1日の仕事の終わったあと、11時間を空けなければ翌日の仕事を始めてはいけない』
いう規則(ちなみに研究所は完全なフレクシブル・タイムなので11時間規定は無関係)を決めましたが、そもそも11時間規定はトラック運転とか病院関係者が疲れ過ぎて事故を起こさないようにと考えられた規定で、労働密度の低い介護に当てはまる訳がありません。実際、昨年末から今年にかけて、スウェーデンの多くの職場で混乱がありました。結局、民間企業の殆ど全てが、これに対する唯一の例外
『労働協約で別に決める限りに於いては11時間以内でも良い』
を使って、11時間の代わりに特殊状況で9時間にする労働協約を結んで小康状態となっております。殆ど全ての職場で同様な例外規定が必要になるという事実は、そのまま、この11時間規定がEU機構の馬鹿げた硬直性(非民主性)の産物である事を示しています。こういう馬鹿げた規則は、他に飛行機の液体検査もあり、例えば消毒液(最小単位が150cc)を持ち込むことすら出来ません。規則を決めるEUコミッションが如何に身障者をないがしろにしているか一目瞭然ですが、EU議会すらコミッションの決定を覆す事が出来ない現状で(規則を決めるのに議会を通さない制度です)、身障者が何を云っても無駄です。実際、ブリュッセルに陳情に行った身障者代表は門前払いでした。
 この11時間規定に対し、全てに於いて遅れているというかやる気のないキルナ市では、市側も組合も、労働協約による例外規定をマトモに議論せず、今に至るまで11時間規定のままです。1年前、研究所から市の上層部に相談して色よい返事を貰ったものの、結局反映されませんでした。11時間という事は、朝7時半に仕事を始めたら午後8時半までしか働けないという事で、これでは夕食(フランスでは午後8時開始が標準)にすら行けません。逆に言えば、どんなに必要が少なくても(私の場合、出張中は朝1時間半、昼1時間、夕方1時間、夜30分で十分)介護が2人いなければ出張出来ない事になります。そして、その余分な出張費(今回で一人あたり20万円)は私にはね返って来ます。
 介護の旅費に関してキルナ市は日当以外の何の補助もしません。つまり2人分の介護旅費(ホテルと交通費)は個人の研究費(出張)か個人の金(プラベート旅行)から出さなければならない訳です。自分の懐が傷まないからこそ、キルナ市は平然と11時間規定が暴威を振るうままにしているのでしょう。ちなみに春の ストックホルム出張の際(民営介護組織にキルナ市が委託した)は、1人の現地介護で済みましたが、これは頼んだ先の民間介護が既に11時間より短くする労働協定を結んでいるからです。ストックホルムのほうがキルナ市よりも遥かに通勤時間の長いから、ストックホルムこそ11時間を当てはめるべきでしょうが、実際はその逆になっている訳です。不幸にしてキルナのような田舎町では介護事業はキルナ市の独占で、マトモな民間介護が存在せず、労働協約が酷いからと云って、別のサービスに乗り換える訳にはいきません。EUもEUですが、キルナ市もキルナ市で、大組織の酷さを痛感します。
 とは云え、元来一人で楽に済むような仕事の為に2人も連れて行く馬鹿な真似はしたくありません。それで、フランスの現地介護を探す事に踏み切りました。これが大変でした。
 フランスの小さな街の介護ですから、フランス語しか通用しない事は覚悟の上ですが(ちなみに私はフランス語を全く知らない)、フランス語OKですら現地の介護をアレンジするのは大変で(キルナを想像すれば分かる)、半年前にフランスの修道院にいる知り合い(親が介護を受けている)に先ず頼んで、そこから介護サービスの候補の名前を教えて貰い、これを主催者の事務方に伝えたら、事務方もそれをつてに更に探してくれて、3ヶ月前にやっと今回の介護覇派遣会社(ボルドーが本部)にたどり着きました。この事務方が大学事務のトップの人で、極めて多方面の能力を持っていた事が幸いしたようです。それでも探し始めてから3〜4ヶ月かかった訳で、これを考えると、今後の外国出張では、それがどんなに近場でも4〜5ヶ月前から準備する必要があるようです。まあ、出張を断る理由としては最高ですが、突然の出張が出来ないのは困ります。
 こうして、言葉の障害があるとはいえ、何とか現地介護のアレンジが出来たので、ようやく出張にゴーサインが出てチケットを購入ました。これが7月上旬。出張の準備は、この他にもホテルの身障者施設のチャックとか、レンタル歩行器(介護サービスの会社が持っている)のアレンジとか、空港から会議場までの交通機関のアレンジ(同行者の教授にレンタカーを借りてもらってケリ)とかありますが、これらも一応7月上旬には準備が終わって、それから夏休みに突入しました(ちなみにスウェーデンでは7月が、フランスでは8月が夏休みですから、それまでに準備する必要もあった)。

 どんなに準備しても何処かしら困る所が必ずあると云うのが過去の経験(例えば3年前の アメリカ出張 )で、それは今回も同様でした。
 先ずホテルの部屋の扉です。ドアノブが昔ながらの円形の奴で、取っ手式ではありません。それは、私の手で簡単に回せない事を意味しています。しかも火事対策でドアが重く、ドアノブを回しながら扉を引っ張るのは全くの不可能です。バネで勝手に閉まるドアなので、開けておく事も出来ず、要するに私は一旦部屋に入ったが最後、自力で外に出る事が出来ません。
 これは全くの盲点でした。不便なうえ、火事の時に外に出られませんから。ホテル側に相談したものの、良いアイデアは無く、結局、介護に部屋に来て貰う時刻を毎回毎回あらかじめ決めておかなければならないという不便な状態になってしまいました。せっかく身障者用の広いトイレを取り付けているのだから、ドアノブくらい考えて欲しいものですが、相手はフランスの田舎町で、これは仕方ないのかもしれません。ちなみに水道の蛇口も取っ手式でなく回転式で難儀しましたが、こっちは何とかなりました(2年前だと無理だった)。
 ドア以上に驚いたのがトイレで、体を支える手すりが全く無く、僅かに壁に斜めの短い案内棒があるだけです。それはホテルだけではなく、会議場のトイレも、ボルドー空港のトイレ(身障者トイレの全て)すらもそうでした。自力で立てない人間は、これではトイレに行けません。たまたまボルドー空港で便意を催さなかったから良かったものの、空港で大便に行けないとは、ボルドーが如何に大変な地方であるかを思い知った訳です。会議場のトイレも同様でしたから、結局毎回ホテルで用を足しました。支柱も何もないのにホテルだとトイレに行けるのには、歩行器を借りたからです。実際には歩行器ではなくて単に立ち上がる時に支える直立器ですが、とにかくそれのお陰でトイレに行けました。とはいえ、歩行器で無かったので大変な作業でした。手すりの無いトイレは既に3年前のアメリカ出張(リハビリ22参照)に経験しているものの、車輪が全くついていない直立器に頼ったのは初めてで、これだと立った時に方向転換が出来ないので、車椅子からの移動には使えません。結局
   車椅子でトイレに横付け
 → トイレを高くする器具(ホテル所持)をトイレに乗せて、トイレに移動
 → 直立器に立って介護にズボン等を下ろしてもらう
 → トイレを高くする器具が高過ぎるので、それを外してもらってトイレに座る
 → 終了後、再び直立器に立って介護にズボン等をつけて貰う。
 → トイレを高くする器具をトイレに乗せて貰ってそこに座る
 → 車椅子に移動
という手順になります。こんな具合なので、もしも直立器の貸し出しがなかったらと思うとぞっとしません。もっとも、週の後半はズボンの下げ上げの手間を減らすべく、ベッドで裸になってからトイレに行っておりましたので、直立器の貸し出しがなかったら無かったで何とかなっていたとは思いますが。
 歩行器でなく直立器だった故に歩行訓練が全く出来なかったのも誤算で、たったの1週間の練習中断で、筋力が3〜4ヶ月分程退化してしまいました。帰宅して1週間になると云うのに、今でも足がなまったままで、出張前の調子に戻るにはあと2〜3週間かかりそうです。1週間も歩行訓練が出来なかったのは4年前のヘルシンキ出張以来ですが、当時と今では足の状態が全然違い、今の脚力だと、僅か1週間のブランクと云っても馬鹿に出来ません。
 歩行器の貸し出しが無いと云っても、フランスの身障者が旅行する際には困らないようです。というのもフランスでは、身障者が旅行に歩行器を持ち歩く(あるいは宅配便で送る)ようで、実は、到着した翌日にホテルの玄関に立派な歩行器が置いてあったので、つい嬉しくなって、それが私用のものかとホテル側に尋ねたら、昼になって返事があり、実は他の宿泊客用で、前もって送ってあったとの事でした。まさにぬか喜び。その際に、再び介護会社に歩行器について詳しく尋ねた所、そういうきちんとした歩行器は買わなければならないとの返事でした。結局、私の借りた直立器と云うのは、トイレ目的のようです。考えてみればキルナにだって短期の貸し歩行器はありません。歩行器は病院からの長期貸し出しのみですから、直立器といえどもレンタル(1日2ユーロ)があるだけでも立派なものです。
 街自体は車椅子に良い街で(キルナと雲泥の差)、会議の終わった金曜午後に海岸を散歩したら、晴天も相まって、車椅子の人を多く見掛けました。もともとこの街は長期の病気療養の為に丁度150年前に作られた街で、その為にわざわざ鉄道が敷かれたそうです。それを考えると、ホテルとか会議場のトイレに手すりがないのは不思議なものの、決して身障者に悪い街ではありません。ボルドー空港が酷過ぎるだけのことでしょう。

 さて現地介護の話に戻ります。フランス語しか喋れない介護と書きましたが、行ってみて実際にそうでした。片言も英語が喋れない介護で、一方の私はフランス語と云えば、ウイ(はい)、ノン(いいえ)、メルシー(有り難う)しか知りません。しかしながら、6年前、人工呼吸の全身麻痺の時、完全に理解出来ないスウェーデン語相手に、目の瞬き(一回瞬きが『はい』、2回瞬きが『いいえ』)のみで応答したという状況とは雲泥の差です。今や身振り手振りだって出来る訳で、3語だけで介護とコミュニケーションが取れない筈がありません。言葉と云うのは通じなくてもどうにかなるものです。特に私が頼んだのは夕方18〜23時のみで、朝に比べると楽な時間帯ですから、不安は殆どありませんでした。
 とは言え、オリエンテーションぐらいはした方が良いと思って、到着の日に、先に書いた会議の事務方の人や、その日だけアルカッションにいた知り合いに通訳をお願いして、基本事項だけはしっかり伝えました。こうして順調に滑り出したものの、問題は翌日です。なんと現地介護が通勤中に車を追突されてむち打ちとなり、来れなくなってしまいました。まさに不測の事態で、こういう事態ではキルナの日常ですら臨時介護をアレンジするのは困難です。結局、その日はキルナから連れ来た介護に臨時に働いて貰いました。彼女は翌朝も働くから、EU規則の連続11時間の休みが取れる筈も無く、それはそのまま、EU規則の非現実性を言い表しています。
 もっとも、事故のあった2日目の夜はレセプションで、介護も同伴の立場で飲み食い出来たので、私の介護は『運が良かった』と喜んでおりました。牡蠣やフォアグラなどの美味しいつまみを食べて、しかも時間外勤務の特別手当(普通の時給の倍近い)が出る訳ですから、こんなに美味しい話はありません。そんなこんなで、2日目は問題なく過ぎ、3日目には新しい介護がアレンジされて来ました。介護の会社を通した時の強みと云うのはこういう所にあります。3年前にアメリカに行った時に現地介護の頼み方を知り合いに頼んだ際には、現地介護は個人求人(アルバイト募集の掲示板で個人的に契約)になると聞いており、そうなると、その介護が事故った時はどうにもなりません。不測の事態というのは今回のようにいくらでもあり得る訳ですから、ちょっとリスクがあります。
 ともかく、こうして2人目の介護が来た訳ですが、時間の制約もある上、こっちも1人目の介護の経験で自信があるので、オリエンテーションを省略してのぶっつけ本番となりました。こうなると、介護の方がビビっていて、不安そうにしていましたが、そこはフランス人、1時間ぐらい上手くコミュニケートが取れる体験をすると、相手も安心して、3語だけでよくぞ上手く行くものだとばかり喜んで、週の残りは楽しい時を過ごしました。ストックホルムの現地介護(質が酷い)とは比べ物にならないぐらい良くて、言葉が決して重要でない事を実感しました。こう楽しく終るなら、現地介護というのも(アレンジさえ出来れば)悪くありません。
 ちなみに1人目は純粋なフランス人でしたが、2人目はアルジェリアからの移民で、父親がアメリカ人。にもかかわらず英語は単語すら理解しない人で、さすがフランスです。あと、びっくりしたのが、2人ともスカートだのワンピースだので来た事。まあ、仕事には困りませんから良い訳ですが、さすがフランスの田舎と感心しました。
 現地介護の費用は1時間17EURで、それに1週間分のアレンジ代として30EURが加わるので、平均して1時間あたり20EUR弱です。これを現金で私が払い、その領収に対してキルナ市から払い戻しを受ける事になります。国からキルナ市に払われる介護費用が1時間当たり230kr(25EURに相当)なので、キルナ市としては黒字になり、ちょっと腹立たしい気はします。

 肝心の会議の方は充実した内容で、大いに満足しています。とにかく実験室プラズマやオーロラから地球、惑星、太陽、太陽系、そして宇宙プラズマまでまんべんなくカバーしたので、教授クラスの科学者たちが喜んで聞いており、エスケープ率も非常に低い会議でした。

 最後に例によって無駄話です。先々月に紹介した胃の話よりも、もっとトンデモ度を高めた 疑似講義 を書きましたので、暇を持て余している方はどうぞ。
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