4月6日夜の赤オーロラ

 今までに見た中で2番目に素晴しい赤オーロラを見ました。有名な1989年3月12日の大オーロラに次ぐものです。
 とにかく待ちに待った「十年に1〜2度」という規模の大オーロラでした。前回が 28歳の時、今回が39歳、という事は次回は50歳? たとい北極圏の厳しい気候にずっと住み続けても、一生にそんなに見られるものではありません。しかも、若いうちでないと、徹夜覚悟で出るか出ないか分からないものを待ち続けるなんてことは出来ない訳で、その意味でも極めて貴重な夜でした。いや、貴重なんて生温い言葉は正しくなく、興奮の夜だったと言えます。
 この日は太陽風があまりにも凄かった(夕方、速度も密度もエネルギーもすべて強烈に跳ね上がった)ので、もしかすると赤オーロラが出るかも知れないと思い(経験上は期待はずれの方が多いが、それでも大きなオーロラは確実に見られる)、翌日が研究所の遠足(ダウンヒルスキー!)であったにもかかわらず徹夜を覚悟し、夕方曇っていたのを幸い、3時間ほど仮眠して、空が晴れ上がった頃(11時過ぎ)に撮影を始めました。ここまで無理した理由はもう一つあって、極地ではこれから白夜(太陽が沈まなくなって夜がなくなる現象)になるので、4月前半がオーロラの最後のチャンスだという事です。この日も朝3時には明るくなってしまいましたが、それまで断続的に出続けた赤オーロラをずっと楽しんでおりました。なお、1989年の時は夕方7時から出ていたので、皆で連絡し合いましたが、今回は夜遅かった(ピークが午前1〜2時)ので電話をかけるのをためらったところ、あとから恨まれてしまいました。写真は World Wide Web(文末参照)に公開してあります。
 オーロラは、宇宙空間の電子(その大本は太陽で、地上の空気の平均エネルギーの1万倍)が何らかの理由で地上数百キロ(地球の直径 14000 km に比べると非常に低い)まで入り込んで、地球大気に衝突した際に発光するもので、ぶつかる相手の粒子(地球だと窒素や酸素)によって色が違います。肉眼で見える色(或いは普通の写真に撮れる色)には、頻度の高い順に緑(波長 558 nm)とピンク(波長 約 660 nm)、紫(波長 428 nm)、赤(波長 630 nm)の4色があります。これら4色の他に紫外線(例えば窒素原子)や赤外線、果ては X 線も発生しますが、これらは目には見えません。
     【詳しくは この図 この記事 をどうぞ】
 緑のオーロラは、宇宙空間の電子が地球に降り注ぐ際に10倍程加速され、それが酸素原子(O)にぶつかった時に発光するもので、その高さは約 100-200 kmです。
 この電子の量が多いと(エネルギーは同じ)、緑の上(高さ約 200-300 km)に紫色が薄く見えますが、これは電子が窒素イオン(N2+)にぶつかった時に出る色で、肉眼より写真やビデオのほうがはっきり見えます。
 一方、ピンクは更に加速された電子(50倍程の加速)が窒素分子(N2)にぶつかった時に出ます。このピンク(波長 約 660 nm)は緑のオーロラの裾(高さ約 80 km)に、舞うように激しく動きながら現れます。これはオーロラの爆発のあと、爆発地点より 200-300 km 北で見える事が多いようです。肉眼での美しさだけなら、このピンクオーロラが一番なので、知らない人には本物の「赤オーロラ」(630 nm)と取り間違えられる事があります。
 しかしながら、本物の赤オーロラのほうは形態も原因も対照的で、エネルギーの低い(=太陽風とほとんど変わらない)電子が、非常に大量に大気に注ぎ込んだ時に発生し、動きの少ないのが普通です。ただ、その光る高さは約 200-500 kmと他のオーロラのかなり上なので、広い範囲で見る事ができます。
   酸素原子 (O) 高さ約 100-200 km : 緑
   窒素分子イオン (N2+) 高さ約 200-300 km : 紫
   窒素分子 (N2) 高さ約 80 km : ピンク
   酸素原子 (O) 高さ約 200-500 km : 赤
 オーロラには4色あるとはいえ、現実にはこれら4色が同時に目に見えるほど強くなることはありません。写真には赤(波長 630 nm)と紫(波長 428 nm)と緑(波長 558 nm)が写っていますが、これは極めて珍しい事で、普通は緑の一色、それも緑が白か分からないぐらいの淡さで東西方向に横たわっています。この緑が強くなって、ところどころに縦長の筋が現われるようになると、上の方に紫が微かに見えることがあります。但し目で見えないほど弱い紫でも、写真だとフィルムの感度特性から、かなり明瞭に紫(コダック系統)や赤(フジ系統)に写ります。今回の紫はそういった「機械」の目に基ずくものではなく、肉眼でもはっきり出ました。だからこそ写真では紫のほうが緑よりも明るく写っていますが、現実には緑のほうが若干強かったと考えてください。なお、これらのオーロラは高度がせいぜい 200-300 km までで、しかも狭い領域にしか発生しないので、今回の大オーロラですら南の町からは十分には見えなかったと思われます。
 さて、問題の(一番珍しい)赤オーロラですが、これは普通のオーロラのはるか高いところで発生するばかりでなく、普通のオーロラのかなり赤道側で発生するので、他の色のオーロラと同時に見る事がなかなか出来ません。写真では地平線近くに写っていますが、これはとりもなおさず 1500〜2000 km 南に本体があることを意味しており(ちなみに同時に写っている紫はほんの50〜100 km 南にしか発生していない)、そのさらに 1500〜2000 km 南からでも同じオーロラが見えた筈だと云うことになります。実際、南ドイツやチェコからオーロラの報告がありました。なお、この赤オーロラは極めて珍しい現象ゆえに、そのメカニズム(どのような条件で、エネルギーの低い電子が大量に振り込むのか)は全く分かっていません。ただ、経験的に分かっているのは、この赤と先程の紫が同時に見えるのは、太陽活動(11年周期)極大期数年間のしかもほんの特別な時に限られているという事で、だからこそ写真の如く3色同時に肉眼で判別できた事に大騒ぎしている訳です。
 ところで、今年(1月以降)の一連の赤オーロラ報告について太陽風のデータをチェックしたところ、赤オーロラの発生は太陽風の密度(>30/cc)が効いている様に思われます。現在「宇宙天気予報」と称して色々な衛星が打ち上がっていますが、実はこのような高密度は「宇宙天気予報」の主要衛星「ACE」(昨年打ち上げられた))では感度不足で測定できません。このような高密度に対して十分な感度があるのは 5 〜6 年前に打ち上がった太陽観測衛星「SOHO」ぐらいなものです。従って「宇宙天気予報」衛星 ACE は、その実は赤オーロラの予報にはあまり役に立たないようです。
 前回(1989年3月12日〜13日)の「30年に一度」という規模の赤オーロラを見た頃はアラスカ大学の学生で、実はこのオーロラがきっかけで、カメラが欲しくなりました。従って、まともなカメラを手に入れてから見るオーロラとしては過去最高です。但し、1989年に手に入れた父の Contax は昨年来故障がちとなり、2月に Nikon FE10 を新たに購入したのですが、 FE シリーズにしたのが悪かったのか、カメラが冷えるとマニュアル(Bulk)モードですらシヤッターが下りず(リリースを使ってすら駄目)、寒さ(ほんのマイナス5度)に決定的に弱い事が分かりました。これは電池の問題ではなくカメラの問題です(確認済み)。友人によれば「オイルのせいかもしれない」との事ですから本当の原因は分かりませんが、理由はともかく、数枚とる毎に寒さで動かなくなり、その度にカメラを暖めたので、3時間以上で2本しか撮れませんでした。Internet の Web に公開しています。なお、コンピューターのスクリーンによっては、一部暗く写ってしまう像もあります。

写真
* nega-0330.jpg (4 枚) キルナ市を背景にした普通のオーロラ
* nega-0406a.jpg (13 枚) 写真としては一番出来の良い13枚
* nega-0406e.jpg (6 枚) 感度 ASA 100 で撮った赤オーロラ
* nega-0410 (6 枚) 普通のオーロラ
* posi-0402 (9 枚) 若干の赤の混ざったオーロラ(10年振りに撮影した赤オーロラ)
              フィルム(スライド)によって色が違うのが歴然としている
* posi-0406b (3 枚) ピーク時の赤オーロラで、残念ながら露出オーバーで赤紫になっている
* posi-0406c (18 枚) 赤オーロラの連続写真(時々窓越し)
              露出時間によって紫(窒素線)と赤(酸素線)の目立ち方が違う
* posi-0406d (5 枚) 赤オーロラの名残。

2000年4月 山内正敏